第4話 カード占い


 すき、きらい、すき、きらい、すき、きらい、すき………


 ぱさっ、ぱさっ、ぱさっ、ぱさっ、ぱさっ……………


「…………………………」


「……あ、浅葱くん。すき、きらい、すき、きらい………すき!」


「………は?」


「ほら見て! 浅葱くんは私の事が好きなんだって!」


「いや、トランプを飛ばして何やってるんだ」


「なにって、意中の相手が自分に気があるか占ってたんだよ。手品の練習も兼ねてね。でさでさ、浅葱くんは私の事が好きなんだよね。つまりは両思いだ!」


「……………………」


 マジック部の部室に入ると、天渡星焔が何やら奇行を行っていた。机の上には二つの空き箱があり片方には『好き』と、もう片方には『嫌い』と書いてある。彼女はそこへトランプを飛ばして遊んでいたようだ。


「手品の練習って?」


「無視するつもりだね。でもいいよ。両想いだから焦らなくていいもの」


「………………………」僕はしかめっ面を返しておいた。


「今ね、手さばきの練習してたの。ほら、手品って手先の器用さが大事じゃない? だから、トランプを指で弾いて狙った場所に飛ばす訓練してたの」


「狙った場所に、ねぇ。やけに『好き』の箱にトランプが多いのはそのせいか?」


「………ふ~~~、ふ~~~~」


「口笛になってないぞ」


「でもでも、浅葱くんが私を好きなのは本当だよ? だってあのとき言ってくれたもん……」


「……………………」


「……いいよ。私は待つから」


「あ、そう」


 僕はそう答えて星焔の隣に腰を下ろした。


「……そうだ、浅葱くんもやってみる?」


「なにを」


「カード飛ばしだよ。マジック部の部員なら手先は器用でなくちゃ!」


「いや、僕は別に…………」


「やろ、やろ!」


 天渡星焔はそう言うが早いか箱からトランプを回収すると、慣れた手つきでシャッフルしてから僕に渡した。


「やり方を教えてあげるね」


 と、いう事で、僕もカード飛ばしをすることになった。


     ☆☆☆


 コツは力を抜くことなのだそうだ。片手でトランプの山を持ち、一番上のカードに人差し指をかけてたゆませると、そのまま弾くようにカードを飛ばして狙った場所に入れる。やる事はたったこれだけなのだけれど、意外と繊細な指さばきを要求されるのである。しかも両手を使ってはいけないのだ。


「あ~~、おしい」


「うん、うん、良い感じ……あ~~~~」


「わぷっ、私の顔に飛んできたんだけど!?」


 彼女の反応で分かるように、ぜんぜん思った場所に行かない。力を入れれば入れるほどカードはいう事を聞かなくなり、力を入れなければカードはまったく飛ばない。絶妙な力加減をしなければカードを思い通りに飛ばすことなど不可能なのである。


「山が減るとそれだけ力の入れ具合も変わるからね。方向と距離を見て指にかける力を計算するの」


「………難しいな」


「大丈夫、大丈夫。初めはみんなそうだから。私がやってみようか」


「……ああ、ちょっと手本を見せてくれ」


「任せて。私は天才だから!」


 僕はトランプの山を渡そうとしたが、星焔は何を思ったのか手を重ねてきたではないか。しかも星焔は何も気にしていないようである。


「なっ、なんで僕の手を……」


「いい? これくらい力をかけるんだよ」


「……………」


 どうやら、自分の指を曲げて力の入れ具合を教えようとしているらしい。手取り足取り教えるとはまさにこの事。星焔は真剣な表情でカード飛ばしのコツを教えてくれている。いまだけは下心も無く、好きな手品に夢中なようだ。


「……なるほど、これくらいか?」


「うんうん、良い感じ」


 こういうところは好感が持てるのだけれど……、と思いながら、僕はカード飛ばしに集中する事にした。何度も挑戦するうちにだんだん箱の近くに飛ぶようになってきたし、帰るまでには10枚くらいは入れられるようになるだろう。


     ☆☆☆


 チャイムが鳴って時計が6時を指した。


「……52、53、54枚。全部ハズレ! 全滅! 浅葱くん才能無いね~。いっそ清々しいほど才能無いよね~~。逆にすごいと思うな~~」


「くそがよぉ……」


 ものの見事に大惨敗。箱の中には一枚も入らず、むしろ箱の外に塔を立てていたレベルで才能が無いのであった。


「これだけ挑戦していたら偶然でも入りそうなものだけど……わざと?」


「んなわけあるか。僕はこれでも真剣なんだ」


 僕は悔しさのあまり別のトランプを手に取った。


「絶対に入れてやるからな」


「もう帰ろうよぅ、暗くなったらお母さんが心配しちゃうよ~」


「いいや、せっかくお前が教えてくれたのに全滅じゃあ申し訳ない。せめて1枚くらいは入れたいんだよ」


「…………そういうときだけ優しいのずるい。でもダメ! また明日!」


「わあ! やめろ! 狙いがずれる!」


 星焔の家は門限が厳しいので早く帰らなければ怒られてしまうのだ。それは知っているけど、このまま帰るのは僕のプライドが許さない。


 何としても入れなければ。僕はその思いに支配されていた。


 僕はトランプを掴み取ると空き箱を狙って発射する。しかし、星焔が僕の腕に触れたためにトランプはあらぬ方向へと飛んで行ってしまったではないか。


「「あ~~~~~~!」」


 くるくると空を切りながら飛んで行くトランプは鋭利な軌道を描いてマジック用品が片づけてある棚の方へ飛んで行った。そこにはさっき星焔が使っていた好きと嫌いの箱があって、行く末を見守っていると………


「あっ……」


 僕のはなった1枚は(何のイタズラだろうか……?)狙ったかのように好きの箱に収まったのである。


「すき……、に、入った……?」


「ね、狙ったわけじゃない! やり直しを要求する!」


「好き……ねえ! 好きだって! カード占いは『好き』って出たよ!」


「だぁあ! もう! 変なスイッチが入っちまった!」


 星焔は「家宝にする!」と言ってトランプを大事そうに胸に抱えてはしゃいだ。たった1枚がたまたま『好き』の箱に入っただけである。それなのにまるで交際が決まったかのような喜びようだ。


「わーいわーい! 神様のおぼしだ~~~い」


「ちが~~う! これは単なる偶然だ!」


「こんな演出を考えてたなんて~、浅葱くんも策士だね~。これはもう誓いのキスをするしかないねっ」


「ちょっと待てって!」


 星焔は僕の腕にすがりついて満面の笑みで見上げてくる。ただでさえ可愛い彼女の、しかも滅多に見せない笑顔である。僕は思わずドキッとしたけれど彼女にほだされるわけにはいかない。


「これ以上おあずけなんてダメだよ……好きってでたもん!」


「だから、待てって。例え僕にそういう気持ちがあったとしてもだ。あの『約束』はお前が言い出したものだろう? それを破ることはできない」


「………………じゃあ、反故ほごにします!」


「だ~~め~~だ!」


 約束だ、と言ったのは星焔であった。あの約束が果たされたとき初めて僕達は付き合う事ができる。裏を返せば、それまで付き合うことは許されないのだ。


 星焔もそれをよく分かっているのか、しょんぼりとうなだれるがそれ以上迫っては来なかった。


「……じゃあ、せめて、お家まで一緒に帰って」


「それくらいなら、いいだろう」


「んふふ~、やったね」


 星焔はトランプを大事そうに胸ポケットにしまうと、僕の手を取って歩き出した。



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