第3話 席替えマジック
天渡星焔と常に隣の席になる。それは漫画的ご都合主義によって主人公とヒロインが自然に会話できるよう配慮されているとか、あるいは
席替えのクジを引く順番は出席番号順と決まっており、僕が2番で天渡星焔が3番。座席表が黒板に張り出され、それに対応した番号が書いている紙が四角い箱に入れられて教卓に置かれるのである。箱の中は見えない。番号の紙も四つ折りになっているので開かない限り中が見えない。つまり、完全に運だけで席順が決まるわけである。にもかかわらず彼女は的確に僕の隣を引き当てるのだ。
「今日、席替えだってさ」
「そうなの? じゃあ、窓際の席に行こうかなぁ。真ん中って落ち着かないし」
「一人で行ってろ」
「浅葱くんもだよ?」
星焔にとっては席替えなど大したイベントではないらしい。
「はぁ? どうやって僕の席を操るって言うんだ」
僕が驚いて問うが、星焔はただニコリと笑って「まあ見ててよ」と言う。
その日、僕は星焔のトリックを暴いてやろうとある計画を立てていた。僕とてマジック部の端くれ。彼女の超絶技巧を間近で見続けているのだから簡単なマジックくらいは弄する事ができるのである。
「ふん、そう簡単に行くと思ったら大間違いだ」
「あら、何かするつもり?」
「……まあ、見ててよ」
僕はこの日のために先生と結託していたのである。
☆☆☆
席替えは朝のホームルームで行われる。教卓に箱が置かれる。生徒は一人ずつ席を立って箱から番号の書かれた紙を引きに行くのであるが、僕は星焔の手を引くと、彼女と2人で教卓にあがる。
星焔は心持ち頬を赤くして言った。
「ねえ、みんなの前で手を繋ぐなんて恥ずかしいよ。これから何するの? 告白? とうとう私を浅葱くんのものにしてくれるの? みんなの前で宣言するの? なら、身も心も捧げるけど」
「そうじゃない。今日こそはお前のトリックを暴いてやるというんだ」
「……ふぅん、無理だと思うけどなぁ」
僕は教室を見渡す。衆人環視のもとで手品を披露するのは初めてだけれど、僕はこのマジックを成功させて星焔とおさらばするのである。そのために先生にも協力してもらったのだ。
「お前は手の中に鏡か何かを隠し持っていて、それを使って僕の引いた番号や箱の中の番号を盗み見ているのだろう。席替えというのは僕達にとってとても大切なイベントなんだ。気になるあの子の隣になるかもというドキドキや、仲の良い友達と隣になれるかなという不安を存分に楽しむイベントだ。僕にも味わわせろ」
「味わってないの?」
「おまえのせいでな!」
僕は箱の中に手を伸ばして折り目のついた紙を探し当てる。あらかじめ先生に頼んで端を少しだけ折っておいてもらったのだ。29の紙である。これの隣にあたる席は座席表によると15であるけれど、残念ながらその紙は存在しない。先生が抜いておいたのだ。そして星焔が紙を引いた後で15の紙を箱の中に追加するのである。
先生も星焔が席をいじくる事をあまりよく思っていないらしい。気分転換と生徒同士の交流を図るために席替えを行うのだから、それをいいように遊ばれて困っているというのだ。
「さ、僕は引いたぞ。中は見せないからな」
だけど、星焔が隣の席になる事はない。可哀そうだけれど、ようやく僕は解放されるのである。
「ひどいなぁ。私は浅葱くんが好きなだけなのに……」
「何とでも言え。僕にだって僕の友達がいても良いだろう」
「………………」
星焔は不服そうに眉をひそめるけれど、見ようによっては透視をしようと目を凝らしているようにも見える。
生徒の間では天渡星焔が本物の魔法使いであるともっぱらの噂だった。彼女の手品がすごすぎてまるで魔法のようだというのである。それは僕も認めている。鮮やかな手腕が人々を魅了して惑わせるのは仕方のない事であろう。が、その神話も今日までだ。
「いくらお前の技術が凄いといったって魔法使いでは無いのだ。この衆人環視のもとでどうやってイカサマをする?」
「…………目にもの見せてやる」
星焔はそう呟いて紙を引く。なんだか鬼気迫るものを感じて怖かったが、なに、動じることはない。彼女が15を引くことは絶対に無いのだから。
僕は星焔がいかなる不正もしえないように目を凝らして見守った。少し口をとがらせながらも彼女は箱の中を見る事なく一枚の紙を取り出す。
彼女が何かトリックを仕込むとしたらこの時であろうが、不審な動きはなかった。いや、あったとしても入っていない紙を取り出す事は不可能である。
「……番号は、34だ」
はたして、僕と先生の共謀は実を結んだのだった。
「……なるほどね」
生徒一同が固唾を飲んで見守る中で開かれた彼女の紙は15では無かった。当然だ。15の紙は先生のポケットの中にあるのだから絶対に引くことは出来ない。しかし恥じる事は無いのである。ゲームマスターとでも言うべき先生の力を借りたのだからどうしようもない。
僕の自由は確定事項だった。
………ところが、彼女は本当に魔法使いなのだろうか? 少なくとも、僕にはそうとしか思えない事が目の前で起こったではないか。
「……ふぅん、そっかそっか、そういう事をするんだねぇ」
「……何を笑っているんだ。君はもう紙を引いた。早く席に戻れ」
「つまりさ、この箱の中に15の紙は入っていないわけだね」
星焔がニヤリと笑って言う。
「…………だとしたらどうなんだ。結果は結果だ。受け入れろ」
「えへへ、なんか嬉しいな。浅葱くんがこうやって私を困らせるの。昔を思い出すね」
「………お前、何をするつもりだ?」
星焔は席に座るクラスメイトたちに向けて番号が見えるように紙を掲げる。滑らかな手つきで番号の書いてある面を数回撫でると、「これを15にすればいいって事でしょう?」と呟いて、紙を大きく振り下ろした。
「……え、どうやって?」
「さっきまで別の番号だったのに!」
「番号が変わっている!?」
「星焔さんすご~い!」
僕には何が起こったのか理解できなかった。こんなに近くで見ていたのに彼女が何をしたのか全く見破る事ができなかったのだ。
クラスメイトたちは目を白黒させて星焔の手元を見つめている。あるいは喝采する者もいるが、誰一人として天渡焔のトリックを見破る事ができなかったらしい。
「……お前、どうやって先生のポケットから……?」
「ふふ、やっぱりそうなんだ。でもね、残念。私の想いの方が強いんだよ?」
星焔が引いた番号は34のはずだった。……だけど、これは悪い夢なのか? 彼女は皆の見ている前で紙をすり替えてしまったではないか。
「15……浅葱くんの隣だね。さ、席に戻ろっか。ちょうど窓際だね~」
星焔が僕の手を取って席に着く。
何をされたのか全く理解できなかったが、僕が負けたという事だけは分かった。
彼女は魔法使いの異名を確たるものとしたのだった。
☆☆☆
あとから先生に聞いた話だが、ポケットの中の紙は移動していなかったとの事だった。教卓の中には予備の紙があって、そこから15の紙が抜き取られていたというのである。そうして、紙には小さなマークが書かれていたというのだ。
星焔は僕の引いた紙を見て、小さなマークから番号を割り出し、教卓の中の予備からあらかじめ対応する番号の紙を抜いておいたのだろう。たぶん箱の中に手を入れた時にはすでに手に持っていたのだろう。そうして手の内に忍ばせておいて、あの大げさな仕草でクラスメイトたちの視線を集めて気づかれないようにして、すり替えた。そう考えれば辻褄が合う。
だが、小さなマーク。これに気づけなかった時点で僕らの負けなのだった。
かくして僕は星焔の隣の席に座る事になったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます