第2話 ペンダントのマジック


 天渡あまと星焔ほむらは手品の天才である。見た目は可愛い女の子。梅の花のように小さな顔はいつも無表情で、平均よりも高い身長がお人形を思わせる。けれど、幼さの残る顔立ちやボブカットの黒髪が成長途中の女の子らしさを醸し出しており、陶器のような美しさの中に年相応の可愛さが残るさまは早咲きの白百合である。精密機器のような計算能力と変態的性欲を除けば完璧な美少女だった。


 彼女は天才的な手品の才能を色仕掛けのためにのみ使うのである。


浅葱あさぎくん。ちょっとこちらへ」


「隣に座っといて何を言う」


「そうじゃなくて、頭をこちらへ」


「意味が分からないけれど断る」


 そこは教室というよりも物置の一角を間借りしているような狭い部屋だった。一組しかない机とソファも、喧騒から離れた隠れ里のような立地も相まって、僕達は肌と肌が触れあうような距離で過ごさざるをえず、秘密の逢瀬を果たしていると言われるのもむべなるかな、な状況。


 夕暮れの学校に美少女と2人きりで、しかも女の子は物静かでジッとこちらを見つめてくる。普通の男子ならそれだけで恋に落ちてしまうであろうシチュエーションだと思う。思春期の男子は色恋に飢えた獣であるから、女の子の気があるそぶりはたいへん心に突き刺さるのである。………が、僕はげんなりしていた。相手が天渡星焔でなければ僕だって喜んだだろう。だが、天渡星焔である。


 なにやらペンダントを付けていた。翠緑の星が可愛らしいペンダントである。


「新しいマジックの開発を手伝って」と天渡星焔が言う。


 マジック部が廃部の危機なのだ。部員は僕と星焔の2人だけ。活動目的は大会での優勝であるが、僕が頑張る必要はほとんど無い。星焔の才能があり過ぎるあまりに一人で優勝を総なめにしてしまうのである。それは裏を返せば星焔が退部すると同時にマジック部が無くなる事を意味し、それはとても困る。そして何より困るのが星焔自身がそれを理解していることであった。


「このマジックはとても革新的。きっと完成したらマジック部の格もあがる……って言ったら、どう?」


「……………………」


「でも、浅葱くんが手伝ってくれなければマジック部は廃部。とっても悲しいけれど、部活としての活動が認められなければ即廃部って決まりだったよね。悲しい事だけれど仕方がないよね。だって私はマジックがしたくてマジック部に入ったのに手伝ってくれないんだもの……。とっても悲しい事だけれど、浅葱くんの代でマジック部ははい――――――」


「分かった。分かった分かった。手伝うよ。どうすればいいんだ」


「やったね」


 だから僕は星焔の言いなりになるしかないのだった。


     ☆☆☆


 手を繋いでください。と星焔が言う。


 僕が怪訝けげんな顔をしていると星焔はペンダントを手に取ってマジックの説明を始めた。なんでも手を使わないマジックなのだそうだ。


 手品師に求められるのは手先の器用さのみにあらず。客の注意を引き付ける身振り手振りや話術。何気ない表情や仕草の一つ一つを手品の伏線とする技量が無ければ簡単にトリックを見破られてしまう。その点において星焔の右に出る者はいないと思う。能面のようなポーカーフェイスと静かな語り口調が独特の世界観を作り出して、見る者の意識を自由自在に操るのだ。


「運命の人と赤い糸で繋がっている……なんて話を聞いた事があると思います。自分が将来結婚する人と見えない糸で繋がっていて、いつか必ず出会うという話。女の子も男の子も一度は信じたことでしょう。運命の人は必ずいるんだって。それはとても魅力的な話で、どこか嘘のようでもあります。でも、信じてください。運命の人って本当にいるんです」


 と、天渡星焔が言葉を切ってペンダントを掲げた。彼女はこういった雰囲気づくりがとても上手い。僕は思わず聞き入ってペンダントをジッと見つめていた。


「このペンダントは一見ただのペンダントなんですけれど、実は将来結ばれる相手を見つけてくれると言われている恋のペンダントなんです。人の運命を見通すとでも言いましょうか。このペンダントは持ち主の運命の相手を見つけると、ひとりでに動き出して2人を物理的に繫げてしまうんです。どうやって繫げるかは、これからお見せしましょう」


「……はあ。物理的に?」


「はい。物理的に。ペンダントがひとりでに動き出して繫げてくれます。手を繋ぐよりも確実ですよ」


 そんな事があるわけないと思った。これはあくまで新しいマジックの開発であるから星焔のペンダントもどこかで買って来ただけの小物のはずだ。とても自我を持っているとは思えないが、しかし、星焔の話し方や仕草が、まるでペンダントが本当に運命を見通す不思議なペンダントであるかのように思わせる。


「私の両手を握って、額を合わせてください。呼吸を私に合わせてください。2人の波長が合えば自然とペンダントが動き出します」


「…………………」


「そう、そうして、目をつむってください。両手を握っていますね。額も合わせて、これで、私達は手を使う事ができません。つまり、このペンダントに触れる事ができない。私達の運命はすべてペンダントに委ねられました」


 ―――ペンダントさん、ペンダントさん。私の運命の相手は、この浅葱光陽こうようくんですか?


「…………………」


 星焔が囁くように唱える。彼女の甘い息が鼻をくすぐってなんだかこそばゆい気持ちになる。


 彼女は本当に可愛いのだ。可愛い女の子と肌が触れあう距離にいるというだけで心が高鳴るようである。僕も男、という事だ。


 と、突然カチャッという音がして、首の後ろに細く冷たい感触が現れたではないか。


「…………えへへ、やったぁ」


「な……ど、どうやって?」


「私の運命の相手は、浅葱くん、あなたです」


 僕は驚いて首に触れる。


 たしかにペンダントが僕と星焔の首にかかっていた。チェーンが伸びて2人の首にかかっているようである。が、どうやって?


「どうやったんだ。こんなの、手を使わずにできる事じゃないだろう」


「あいたたたた、動かないで、ペンダントが引っ張られる~」


「おっと、悪い」


 僕は慌てて姿勢を戻した。物理的に繫げるというのはつまり、ペンダントが離れられないようにするということなのであろう。超技術というか、マジックであると知っていても魔法と見紛う技術であった。


 小さなペンダントの直径が僕らの距離であった。


「うぅ、大丈夫。私達はもう離れられないので、これくらい平気です。さ、イチャイチャしよっ」


 目の前に星焔の顔がある。宝石のように透き通った瞳が淡く濡れ、瑞々しい肌はどんなに近くで見ても曇りない絹のような美しさ。わずかに高揚した頬が、普段のギャップとなってドキッとした。


「……はめられた。最初からこれが目的だったんだな?」


「いまさら気づいても、もう遅いよ? ほら、据え膳があるよ? 押し倒したくなってくるよね。私は運命の相手なんだよ。合意の上なら何も問題ないんだよ?」


 僕は何としても逃げ出さねばならなかった。けれど、ペンダントのせいで自由に動けるスペースも無い。これが年貢の納め時か……と、観念した時だった。


「なんだ、お前は何を踏んでいる?」


「え? あ、いや、何も踏んでないよ! 何も踏んでな……ああ~!」


 狼狽うろたえた星焔がソファから飛び上がった瞬間、ペンダントがプチッとちぎれた。いや、ちぎれたのではなく、もとから繋がっていなかったらしい。


「つまり、このチェーンには磁石が仕込んであって、お前が足元のワイヤーを引っ張れば磁石同士がくっつく仕組みになっていたというわけか」


「………強敵だ」


 天渡星焔は悔しそうにほぞを噛んでいた。


 彼女の気持ちは分かるけれど、約束は約束。それは守らなければならないのだ。


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