天才マジシャンの幼馴染が手品を使って迫ってくる

あやかね

1章

第1話 天才手品師『天渡星焔』


 ここに4枚のトランプがあります。それぞれハート、スペード、クローバー、ダイヤのエースです。この中から好きなスートを一枚選んでください。どれでも構いません。あなたが選んだトランプを瞬間移動させて御覧にいれましょう。


 目の前の女の子がそう言った。まるで、そうなる事が当然であるかのように言い切るのである。僕は、じゃあ……と迷いながらもスペードを選ぶ。すると、女の子はジッと見守っていた目を僕に向けて、「手に取ってください」と言う。


 僕は言われるがままにトランプを手に取る。と、女の子が手のひらを重ね合わせてきた。小さな手のひらだった。


「いま私たちの手の間にトランプがあります。分かりますね。私は手を繋ぎたいのにこのトランプがすごく邪魔です。あなたもきっと手を繋ぎたいと思います。邪魔だと思いますよね。……なので、これを今から消し去ろうと思います。私が3つ数えると不思議な力が働いてトランプはどこかへ行ってしまいます。トランプがどこへ行くかは私にも分かりません。でも、いいんです。私達の恋を邪魔するトランプなんてどこへ行ってしまおうと私の知った事ではありませんから……さ、数えますよ」


 ―――――3、2、1、………0。


 女の子が指を鳴らした次の瞬間だった。僕の手のひらから薄いカードの感触が消えてどこかへ行ってしまったではないか。トランプは2人分の手のひらでしっかり挟まれていたはずだ。女の子が妙な事をするそぶりも無かった。


「いったい、どこに。…………?」


 僕は目をしばたたかせて辺りを見回す。と、何やら女の子の胸元が妙に角ばっている事に気がついた。胸ポケットに何かが入っているらしい。ワイシャツに透けて薄っすら見えるのは………スペードのマーク?


「どこに行ったか、見つかりましたか? 見つかったのならとってください。私はどこへ行ったか知りませんので……あなたが、とってください。もしトランプとは別の物に指が触れて、それ以上の事に発展したとしても、それは事故なので不問とします」


「…………はあ?」


「だから、その、柔らかいところに触れても不問だと言っているんです。ほら、柔らかいですよ。触りたいでしょう。ほら、ほら」


「……………………」


 なるほど。どうやらトランプを取らせるときに事故を装ってあんな事やこんな事をしようという魂胆らしい。なんて分かりやすいハニートラップなのだろう。


「事故なので仕方がないんです。……事故なので、あなたが感情を高ぶらせるのは仕方のない事なんです………」


「最初から仕込んでたんだろ。自分で取れ、変態」


「……………ちっ」


「舌打ち!?」


 その女の子――天渡あまと星焔ほむらは手品の天才だけれど、色仕掛けのためにのみ才能を発揮する変態なのであった。


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