第15話 百々目鬼の向かう先は?
百々目鬼を頼りに光源の少ない坑内を進む。整備された足元が確保されているとはいえ、人通りの無い巨大空間は暗く、寂しい。香澄は自分を奮い立たせるために独り言をブツブツと話しながら奥へと進む。
階段を降り、橋を渡ると、やがて突き当たりに着く。百々目鬼は壁と一頻り睨めっこすると、唐突にその壁面に向かい軽快に飛び込む。
「えっ! 嘘!」
予想もしなかった百々目鬼の行動に香澄の空いた口が塞がらない。
「どうしよう」
百々目鬼がいた壁際に立ち目を凝らす。しかし香澄の目に映るのはただの壁であり、それ以上でもそれ以下でもない。半ば諦めながらその先の壁に手を触れると香澄の腕は壁の中へと吸い込まれる。
「えっ!」
貫通する壁。穴が開くのではないかというほど壁を凝視するが、不可解な現象を理解できるはずもない。……薄らと壁の先が見える。視界はじょじょに開けてゆき、やがて壁の先には奥行きが見えてくる。
言葉に言い表せない超常現象を目の当たりにしながら、壁にははっきりと続く通路が出来上がっていく。香澄が再び瞬きをするとそこには以前から当たり前のように存在する通路ができ上がっていた。
「これ、百々目鬼ちゃんの力なの?」
新しくできた通路を香澄は恐る恐る歩いてゆく。通路は石造りの通路である。現代に作られたものではなく、数百年は経っているようだ。携帯の僅かな光源を頼りに石造りの通路を進む。通路は徐々に坂になっており、やがて視界の先にうっすらと光が見えてくる。頂上まで登り、たどり着いた先には切り立った崖に囲まれた大きな屋代へと繋がっていた。
「凄い! これはお屋敷? ……鳥居がある。神社……かな?」
百々目鬼は一度香澄を見ると屋代に向けて再び進む。やがて障子が張られた戸に着くと百々目鬼はその中へと再び消えていく。
「どうしよう完璧に不法侵入だよ。見つかったらどうなるんだろう。……ええいっ! 捕まったら透君のお嫁になるしかない。責任とってよね!」
半ばやけくそ気味に開いた戸の先には巨大な白と黒の龍が待ち構えていた。
※※※
襖の先には天井に描かれた二匹の巨大な龍。白い龍は稲妻を輝かせ、黒い龍にその鉾先を向けている。それに対し、黒い龍は鋭い爪と牙で白い龍を牽制している。
壁の高いへりには右から順に数十枚の絵画がかけられ、それぞれに黒百々目鬼と白百々目鬼右が躍動的に描かれている。どうやら順番に見ていくと一つの物語になっているようだ。
「これって」
屋代にかけられている最初の絵画は惣左衛門が生きていた時代よりさらに遡っているように見える。絵画には白が現れ、黒が消える。白が消えると黒が現れる。といった具合に百々目鬼の歴史が描かれている。
「これって白百々目鬼ちゃんと黒百々目鬼?」
再び絵画へと視線を移す。その時々で描かれる人間によって、時代背景の移ろいは何となくわかるのだが、最後の数枚だけ何やら様子が違う。顔のない人間が黒い百々目鬼に飲み込まれている様子が描かれ、その絵画以降の黒百々目鬼の体は生々しい質感で描かれている。そして最後尾の絵画には何も描かれていない白紙の絵画。
「最後の数枚は何か感じが違う。もしかして、八街さんが言っていた十年前の事件ってこのこと? 最後の白紙は……」
壁をぐるりと見まわせるように飾られる絵画。その白い紙に惹かれるように香澄がその紙に触れる。
――瞬間、香澄は暴風に包まれ、野原に一人で立ていた。その先には白百々鬼と透。透が見上げる空には黒い雷が縦横無尽に飛び交っている。黒い龍が気まぐれに森の中へ身体を突っ込めば山は燃え盛り、街に向かって稲妻を走らせれば街のビルが一つ消し飛ぶ。その様子を見て、透が白百々目鬼の身体に触れると、身体は光の塵となり白百々目鬼に吸収される。
「やめて!」
――唐突に呼び戻される意識。そこには白百々目鬼も黒い百々目鬼もいない。目を覚ますと屋代にはさっきまで見ていた白百々目鬼は存在せず、目の前には雨京と美鈴がいる。
「雨京君と……美鈴? あれ? 透君は?」
しかし、いくら透を探しても香澄の視界が透を捉えることはない。香澄は溢れ出そうになる涙をぐっと堪えると今見た光景を二人に話す。二人は最初こそ訝しげな顔をしていたがすぐに状況を理解したようだ。
「美鈴、香澄を連れて透を探しに行け!」
「あんたはどうするの?」
「俺はここを探してから行く。……何かある気がするんだ。その何かを理解しなければこの先に起こることを止めることはできない気がする」
「分かった! ほらこれ持って私の携帯。何かあったら香澄に連絡して! ……余計な物は見ないでよ!」
雨京が心外そうな表情を浮かべると、美鈴はいつもの笑顔を浮かべ、雨京の頭を引っ叩くと香澄の手を掴み屋代を出て行く。
――採掘場後を出ると香澄は一度歩みを止め、戸惑い気味に美鈴に声を掛ける。
「何で来てくれたの?」
「遅くなってごめん。透君からメールもらったんだけど、なかなか決意が決められなくて。……昨日みんなと別れた後に、私も百々目鬼を見たんだ……凄い怖かった。香澄の言っていることが分かった。悩んでいる時に信じてあげられなくてごめん。あとね……」
香澄が言葉の続きを待っていると目線を逸らし、少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「バイト先に、――紅来軒に雨京が来てさ。香澄と透のこと熱く語って……。親友の私は何やってるんだろうと思ったんだよね」
迫り来る感情の波を処理できないようで、香澄に表情を見せようとしない。そんな美鈴を見て、香澄は後ろから小さく微笑む。
「美鈴、行こう!」
腕を掴みライトレールへと走り始める。香澄は美鈴を受け入れてくれたようだ。その笑顔を見て美鈴は香澄を守ることを決意するのであった。
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