第14話 二匹の百々目鬼

 翌日


 銀杏並木通り沿いに集まる香澄、透、雨京。香澄が白百々目鬼と出会った場所を中心に捜索を開始する。八街の発言から予想するとこれから六日後のメガフラッシュに透はいなくなってしまう……かもしれない。幸い、今日は学校が休みということもあり朝早くから三人は銀杏並木通りに集まっていた。


「僕のためにみんなごめん」


「気にするな。俺は自分のやりたいことをやってるだけだ」


「私も透君に死んでほしくない」


 三人は市役所を中心にバラバラに展開して百々目鬼を探す。公園、用水路、路地。人目がないところからホテルのラウンジ、役所内、企業の敷地まで目が届く場所全てを捜索してみるがそう簡単に百々目鬼は見つからない。数時間が過ぎ、各自に少し疲れが見え始めたところで雲行きが怪しくなってくる。


「雨か」


 香澄はビルの軒下に入る。バックより傘を取り出し、傘を開くと開いた傘により視界が一瞬途切れる。香澄が前を向いた瞬間、探し求めていた白い百々目鬼が姿を現す。


「百々目鬼!」


 百々目鬼は一瞬こちらを向くような素振りを見せるがそのまま背中を向けると雨の中の宇都宮を走り始める。すぐに後を追いかけながら香澄は透に連絡を取ろうとするが、電話が繋がらない。さすればと雨京に電話かけようとするが、雨京はそもそも電話をもっていなかった。


「……なんて前時代的な学生なの」


 香澄は透にメールを使い《百々目鬼を見つけた》と送ると、引き続き白百々目鬼を追いかける。早いような、遅いようなこちらを試しているような速度。たまに姿が見えなくなると背中が冷やりとするが、最終的に香澄の行き先から百々目鬼がいなくなることはない。やがてたどり着いたのは宇都宮の駅前。人通りはそれなりにあるのだがやはり百々目鬼を視界に収めているものはいない。


「えっ。電車に乗るの?」


 こちらを振り向くことなく百々目鬼は電車の中にピョンピョンと飛んで行く。香澄は再びメールにて《ライトレール》と短く打ち込むと、自動改札機に飛び込む。香澄が顔を上げ前の車両に目を移すと、百々目鬼は車両前の一番端の席にちょこんと行儀良く座っている。


(これってチャンスなんじゃ)


 香澄が少しずつ距離を詰めると、不思議な現象に出くわす。香澄は後ろの車両から百々目鬼をみながら前の車両へと移動する。しかし、前の車両に移動し、百々目鬼のそばに行こうと車両を跨ぐと、百々目鬼の姿が消えている。


「えっ?」


 焦った香澄が再び百々目鬼を探していると香澄がいた元の座席に行儀よく座る百々目鬼を見つける。


(これ以上は近づかないでってことね)


 ライトレールは平石を過ぎさらにその先へと進む。《平石通過》香澄が再び書き込みをすると今度は透よりすぐに返信が返ってくる。《こちらも雨京と共に追っている追跡頼む!》どうやらメールに気づいてくれたようだ。ゆいの杜東方を過ぎ、乗客が減り始めても百々目鬼はまだ降りない。雨が強くなり始め、空の色が黒く染まっていく。もうすぐ次停駅に着くというところで突然電車が止まる。


 アンビリカル接続により、滅多に停電することないライトレールが何故か停電し、車内は真っ暗である。香澄は不安を感じながら隣の車両に目を移すと百々目鬼は座席より立ち上がり正面を見ている。その視線の先には――


「えっ百々目鬼が二人!?」


 ※※※


 間近で睨み合う白と黒の百々目鬼。黒は明らかな憎しみを白に向けてるのに対して白は我関せずといったようすだ。


「あれ?」


 百々目鬼を観察している香澄があることに気付く。黒の百々目鬼ははっきりとした質感を感じる。艶めかしい漆黒の体は漆で仕上げたような奇妙なテカリがみられ、能面の顔を張り付けたような表情はモダンアートの彫刻のような不気味さを感じる。対して白の百々目鬼は背景が薄らと透けており、体の先には背後にある椅子が透けて見える。


(どういうこと?)


 ――瞬間。


 黒い百々目鬼は口を大きく開けると自分の体積の十倍程の大きさに膨れ上がる。水風船を急激に膨らませたような見た目でそのまま白の百々目鬼を一瞬の間で飲み込む。


「百々目鬼!」


 黒百目鬼は口角をいやらしく上げると次のターゲットを香澄に定める。ゆっくりと体の向きを変え、短い脚をアメーバのように動かしながら香澄に向けて歩き出す。


「えっ、あっ」


 状況が飲み込めない香澄があっけにとられていると、凄まじい轟音と共に窓ガラスが割れ、眩い光と共に黒百々目鬼のど真ん中に白い稲妻が突き刺さる。黒百々目鬼は小さく悲鳴を上げ、目玉だけを泳がせ視線を彷徨させる。その視線の先には、座席に座る白百々目鬼が涼しい顔をしていた。


「助けて……くれた?」


 ※※※


 白百々目鬼が輝きだし、光が溢れ出す。光の球体となり、やがて、光の奔流となる。黒百々目鬼を光の奔流が飲み込みこむ。


 刹那――黒百々目鬼が割れた窓ガラスよりその体を傷つけながら強引に外へと飛び出す。乗客は理解できない謎の現象の連続で言葉を失っており、車内は沈黙に包まれていたが……


「……停電が!」

「おい! 窓ガラスが割れてるぞ。怪我人はいないか!?」

「で、電車が動き出した!」


 辺りが騒がしくなってくる。乗車していた人々の思考が元に戻ったようだ。幸い、目撃者も怪我人もおらず香澄に目を向けるものはいない。停電の際に見失った白百々目鬼を探すと、後方の車両にちょこんと座る姿を見つける。


「大変な騒ぎになっているのにすました顔してるのね」


 白百々鬼と香澄の距離は一両。その付かず離れずの距離を保ちながらライトレールは進んで行く。《終点~技研前~技研前~》アナウンスに合わせ再び白百々鬼はぴょんぴょんと跳ねながら外に向かう。


「この先に何があるのかしら? とりあえず報告しなきゃ!」


 《技研前到着。続けて追う》人通り少ない道をピョンピョンと跳ねながら進む白百々目鬼を香澄は小走りで追いかける。


「ここは大川採掘場跡?」


 数十年をかけ大理石を掘り出してできた巨大な地下空間は、一つの街を形成してしまうほどの大きさである。坑内の気温は夏の外気と比べかなり低く、年間を通してひんやりとしている。戦時中は政府の施設などが秘密裏に運営されていたが、今では民間に払い下げられ、美術館やカフェ等、観光客を中心ににぎわいをみせている。


 白百々目鬼が目指した場所は香澄にとっては懐かしい場所である。小学校の遠足以来ではないだろうか? 臨時休業の為にチェーンが引かれ、中には入れない。


 しかし、百々目鬼には関係ない。小振りな体でぴょこぴょこと跳ねると、どんどん中へと進んで行ってしまう。


「やっぱり行っちゃうのよね? そして……ライトアップされてないと、この暗闇かなり怖い」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る