第9話 転校生知らないか?

 ※鬼怒川雨京自宅


 雨京は改めて透が見たという妖怪の事を考えていた。今の時代に妖怪など馬鹿げている。しかし、先日の嵐にその妖怪を目撃したという発言が雨京には引っかかっていた。


 十年前のあの嵐の日も雷をきっかけにしておかしな事象が頻発した。科学では割り切れないことなどと笑い飛ばしていたが、香澄と透の発言を真剣に考えると笑えない話である。


「あった。これだ!」


 数年前の記録を引っ張り出す。やはり。この計測記録は二人が話していた妖怪が出た日の記録と酷似している。雨京は興奮したままページを捲り続ける。


「この後どうなったんだっけな? 一度見た気がするんだ。あったこの記事だ」


 20××年8月1日、栃木県宇都宮市で大学生が日本初のメガフラッシュの観測中に落雷に遭遇し、大学生1名が死亡し、6名の重軽傷者が出た。××大学の鬼怒川教授によるとメガフラッシュの観測は日本初である。今後もしばらくは天候が荒れると発表。


 非常に危険な状況であり絶対に外出は控えるようにとも発言しています。また、近くに住む八街さんによると龍に乗った子供を目撃したなどという発言も出ています。警察は×××――


「これだ。一人死んでいる。龍に乗った子供か……まさかな。」


 十年前から追っている事象が再び起きている? 尻尾を掴めた程度の話なのかもしれない。しかし、それが何であるか自分で解明できるかもしれない。記事を確認して以降、雨京は興奮して眠ることができなかった。


 翌朝


 いつもであれば始業のチャイムがなる寸前に教室のドアを開ける雨京が今日は誰よりも早く学校に来ている。


「おい、転校生知らないか?」


 普段話すことがない雨京に話かけられ、透のクラスメイトは一瞬の戸惑いを見せると静かに答える。


「転校生? ああ、透ならまだ来てないぜ」


「そうか」


 一言だけ返事をすると雨京は階段を降りて行く。


「あいつ隣のクラスの奴だったよな?」


 透を探し廊下を駆け抜ける。途中担任に走ることを注意されるが、今はそれどころではない。話が終わった後にいくらでも謝る。今は一刻でも早く透と話がしたい。


 階段を駆け降り、正面玄関に向かった所で見知った顔を見つける。


「美鈴!」


 突然呼ばれ、少し驚いたものの、相手が雨京だと分かると露骨に不機嫌な表情になる。


「誰かと思ったら雨京じゃない。何、まだ香澄を追いかけているの?」


「香澄? いや、香澄はどうでもいいんだ。転校生を知らないか?」


「どうでもって。あの二人の邪魔をしたら私が許さなないからね!」


「んっ? 何か面倒くさくなってきたな。知らないんだったらいいんだ」


「――!? ちょっと待ちなさい」


 雨京と美鈴が待つ、待たないとやりとりをしていると、何も知らない透と香澄が登校してくる。


「転校生!」


 雨京が声を上げる。透が声の方を見ると今まさに美鈴にヘッドロックをされようとしている雨京がそこにいた。


「またやり合っているのか? そんな事より話があるんだ。ちょっといいか?」


 雨京は自分が言おうとしている言葉を先に奪われ、一瞬呆気に取られる。


「お前もか。俺も話がある。ここは邪魔が多い、屋上に行かないか?」


 美鈴のヘッドロックを何とか回避すると二人は屋上に歩き始めた。


 ※※※


 学校屋上


 透より『新書と覚書』について、雨京により十年前のメガフラッシュの件をお互いに情報交換をする。


「おまえの話が本当だとすると十年前に死んだ大学生は百々目鬼を見たんじゃないかって事か?」


「そうだね。雨京の話に当てはめると近々メガフラッシュが宇都宮でまた起きるという事かな?」


「ああ。そうなるな。しかし、お前があの大学生と同じかもしれないという事はお前は――」


 バンッ!


 屋上のドアが勢いよく開けられる扉から出てきたのは香澄と美鈴。香澄は目を赤くし今にも涙があふれ出そうである。美鈴はそんな香澄を見て珍しくオロオロしている。どうやら二人の話を盗み聞きしていたようだ。


「雨京、話しなさい! 透君にひどいことするなら死んでもらうわ!」


 香澄が大声を上げるとその場にいた二人がすくみ上がる。


 (キャラ変わってるんじゃん)


 雨京のため息をきっかけにして四人は近くに集まる。


 ~~~


 屋上に集まった四人。興奮している香澄は今にも雨京に飛びかかりそうだ。美鈴は何とか落ち着かせようと手を出すが、その手を香澄が振り払う。そのままズカズカと雨京に詰め寄るとすぐ目の前へと迫る。


「透君が死んじゃうってどういうこと?」


「お、落ち着けって。お前のキャラじゃないだろ」


「これがどうして落ち着いていられるの! 透君が死んじゃうかもしれないんでしょ? むしろ何で雨京くんはそんなに冷静でいられるの?」


 一頻りまくしたてると今度は涙を流し始める香澄。そのままも膝を突くと床に顔をつけて香澄は泣き崩れる。美鈴は香澄に寄り添いながら背中をさするが今の香澄には何の慰めにもならない。そんな様子を見て透は居た堪れない表情を浮かべる。


「心配かけさせてすまない」


 透は黙って香澄が落ち着くのを待つ。静かに、何もせずにただ静かに待つ。やがて香澄が落ち着くのを確認すると透はぽつぽつと父から聞いた話を三人に話し始める。惣左衛門が見たという百々目鬼の話、過去の宇都宮豪雨の話。当時の宇都宮がどのような被害に見舞われたのか。百々目鬼に魅入られた自分が高確率で死ぬ話……。


 そんな話を聞き、香澄と雨京は口をぎゅっとと閉じ、何か解決できる手段がないかと考えている。しかし、美鈴だけは他の二人とは大きく異なり半笑いを浮かべながら話を真剣に受け止めようとはしない。


「し、信じられない話ね。ドドメキだっけ? 令和の時代に妖怪なんて本気?」


「…………」

「…………」

「…………」


 いつもは率先して空気を読む美鈴が今日だけは皆と噛み合わない。あまりの突拍子ない話に流石の美鈴も動揺を隠せないようだ。お互いの気持ちの溝は埋まることなく四人の沈黙が続く。


「……信じて欲しい。俺だってつい先日まで妖怪なんて信じていなかった。ただ、今、起きているこの状況からは目を逸らしたくないんだ。俺の友人の命もかかっている。もしそれでも信じたくなければ、しばらく黙っていてくれ」


「――ッ!」


 珍しく空気を読む雨京。雨京と美鈴の逆転した関係に香澄が少し驚く。美鈴も面白くない表情を浮かべているが、今は静かに黙って話を聞く。


「宇都宮豪雨っていうのは1×××年の豪雨の事じゃないのか?」


 透はメモを取り出すと父から聞いた話を雨京と確認しながら擦り合わせていく。


「父さんの話だと、それで間違いないと思う」


 雨京はやはりといった様子だ。しかし、できれば納得したくなかったのかもしれない。一度神妙な顔をすると意をして三人に話を始める。


「大昔の宇都宮豪雨と俺が調べている十年前のメガフラッシュは酷似している。惣左衛門覚書で記載されている、落雷により人が死んだという点も一緒だ。……十年前の豪雨の際も大学生が一人死んでいる」


「それって透君もそうなるって事?」


「分からない。ただ十年前のメガフラッシュ発生時の証言を集めているとそのうちの何人かは龍を見たといっていた。しかも、その内の一人はその龍を間近で見て病院に搬送されたんだ。その搬送された人物は搬送されながらうわごとで同じ言葉を呟いていたんだ。雨の中に子供と龍がいたと」

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