第7話 芳賀家
夕食が終わり、何気なく母に惣左衛門を知っているか聞いてみる。根掘り葉掘り聞かれるのを防ぐ為、香澄の事は伏せてある。
「あら、惣左衛門なんて何で知ってるの?」
「あ、うん。友人と話してて【芳賀】って名前からお前の先祖は惣左衛門じゃ無いか? と言われてさ」
「ふーん。私も詳しい事は分からないからお父さんに聞いてみたら」
「と、父さんに?」
通勤時間の長い父は家にいる時間が極端に短い。引っ越した後くらいから何かあったというわけではないのだが少し距離が空いているのだ。
(母さん本当は知っているんだろ? 変な気を使うなよ)
透が少し悩んだ後に
「そうする」
と母に答えると
「じゃあ、メールで連絡しとくね」
とさり気なく話しの場を設けさせられた。
(我が母親ながら食えない母だ)
三十分程前に玄関のドアが空いた音がした。父はそろそろ夕食のテーブルに着いたであろう。さり気なく、本当にさり気なく透は一階の食卓へと足を運んだ。父はテレビも点けずにビール片手にオカズをつまんでいる。母はもちろんいない。
「ちょっと良いかな?」
「透か。母さんから聞いている。惣左衛門の事だろう?」
「うん」
「確かに芳賀家と宇都宮家は深いつながりがある。一部は親戚といっても過言ではない」
テーブルの椅子を引き席に着くと少しずつ父が惣左衛門について話し始めた。
「なぁ透。惣左衛門覚書って知ってるか?」
「いや、知らないよ。有名なの?」
「まあ学生だしな。宇都宮では結構有名な江戸末期の文書だ」
「それで、父さんは惣左衛門を何か知ってるの?」
「ああ。その本を父さんも読んだ事がある。母さんも読んだ事あると思うぞ」
(やっぱり母さんも知ってたな)
父さんの話を要約するとこんな人物らしい。代々家業を盛り上げるも新進気鋭の自由人。時代を先取りしすぎていて当時の周りの人を困惑させまくる。また知識人でもあり、蔵書を翻訳したり、注釈を加え何やら怪しげな事もしていたようだ。
「惣左衛門が新たに作り上げた惣左衛門新書があればさらに惣左衛門の詳細が分かるんだけどな。大昔の宇都宮豪雨で消失してしまったと言われている。もし見つかればちょっとした発見だぞ」
父は目線を外すと少し残念そうな表情をする。
「ねぇ。宇都宮絹って言葉は聞いた事ない?」
「おお! またレアな名前が出てきたな。何で知っているんだ?」
「うん。ちょっとね」
「父さんも詳しくは分からないが、惣左衛門の初恋の相手だと聞いている。ただ、その辺は惣左衛門新書に多くが語られていて、絹がどんな人だったのかは分からないかな」
(絹の事は惣左衛門覚書には書いてない? という事は香澄が持っていた本は……)
「父さん、まさかとは思うけど惣左衛門覚書なんて持ってないよね」
父は一瞬大きく目を開けると愉快そうに笑い出した。
「ハッハッハッ。それがあるんだな! 何と言っても母さんとの知り合ったきっかけが惣左衛門覚書だからな」
一体父と母はどんな出会いをしたのだろうか? 頭の中にクエスチョンマークが溢れ出す。父はおもむろに席を立つと二階に登り、しばらくすると古びた本を持って降りてきた。
「これが惣左衛門覚書? 見ても良い?」
「これは写しだけどな。見ても構わないぞ。ただ内容分かるのか?」
父の言葉を最後まで聞く事なく置かれた本を開く。一ページ、また一ページと本を確認してみるがそこには妖怪の姿も《絹》の名前も記載はされていない。
(やっぱり香澄さんの家にあった本は)
「……父さん会って欲しい人がいるんだけどいい?」
「あ、ああ。構わないぞ」
少し狼狽えながらも数日後の休日に時間を空けてもらう約束をする。
「じゃあね、父さん。ありがとう」
「お、おお」
透の剣幕に少し圧倒された父ではあるが、ビールを片手に懐かしそうに惣左衛門覚書を手にし始めた。部屋に戻った透は急ぎ香澄に連絡する。
「あ、香澄さん? 夜遅くにごめん。突然だけど来週末の日曜って予定空いているかな?」
「あ、うん。空いてるよ!」
「会って欲しい人がいるんだけど良い?」
「うん。いいけど誰?」
「両親」
電話越しに時が止まる。透が不思議に思いながら少し返答を待っているとたっぷり時間を置いて返答がくる。
「えっ。それって、そういう事?」
(そういう事? 惣左衛門の何かが分かったという事であろうか?)
「う、うん。まだちょっと早い気がするけど。わかった。今度の日曜日ね」
「うん、じゃあまた学校で!」
早い? 早いとは一体何が早いのだろうか? それにしても幻の本が見つかるとは、透は物語の続きを待ち望むような気持ちになる。
(早く週末にならないだろうか)
※※※
芳賀家
父と母は居間で今日のゲストを待ち待機中である。母親はいつも通りのリラックスした感じであるのに対し、父親はどこか緊張した面持ちである。
「ねぇ。何で母さんまでおめかししているの? 俺は父さんだけいればいいんだけど……」
「あら、何のこと? 私は休日だから家にいるだけよ」
化粧をし、部屋を念入りに掃除し、食事までこしらえる。それのどこが《家にいるだけよ》なのだろうか?
ピンポォーン
家のチャイムが鳴る。透が腰を上げ玄関に向かう。
「透、頑張れよ」
頑張れよではない。いや、むしろ何を頑張るのだろうか?
ガチャ。
扉を開くと隙間から香澄の顔が見える。しかし、扉は最後まで開くことなく、拳一つ分の隙間から香澄がこちらを覗いている。
「香澄さん。あれ? どうしたの?」
「透君ごめんね。私、そんなつもりじゃなくて、でも、何かついてきちゃって……」
(付いてくる? 何が?)
透が香澄の奥を覗くと先日感じた殺気が伝わってくる。肌が泡立ち、背中にじんわりと汗が伝う。次の瞬間、力強くドアが引かれるとドアの隙間が閉められる。透はドアに耳を傾けると外から声が聞こえる。
「や、やはり、許せん!」
「ちょ、ちょっと何が許せないの? 何もしないって言ったから、ついてきていいって言ったんだよ!」
「香澄。男と男で話さなくてはいけない事がある。退きなさい!」
「ちょっと。本当に何言ってるの? 訳が分からないんだけど」
開ける、開けないの押し問答の上、ドアが勢いよく開けられる。
「うわっ」
透は思わず声を上げる。目の前には筋骨隆々で上下の背広を来た角刈りの男。興奮して顔は真っ赤に染め上がっている。男は透の姿を舐める様に上から下へと確認する。
「大事な時に私服だと――。このチャライ男が香澄の――。やはり俺がきて間違いがなかった」
「ちょっと! 何一人でブツブツ言ってるの? あっ。ちょっと!」
「おおおおおおぉぉぉぉぉ」
角刈りの男は玄関に勢いよく足を踏み込むとそのまま右ストレートを透の頬に勢いよく打ち込む。咄嗟の事に事態を飲み込めない透はそのまま拳をもらってしまう。
ドッスン!
普段聞く事がない衝突音を聞いて奥より透の父と母が顔を覗かせる。透が廊下で横たわっているのをみると透の父は勢いよく廊下に出ると角刈りの男に殴りかかる。
「透に何をしてるんじゃぁ、お前!」
角刈りの男の鼻柱にこれまた右ストレートを繰り出す透の父。角刈りの男と透の父の殴り合いがしばらく続くとそれぞれの男を母と香澄が抑える。
「――ちょっと落ち着いて!」
「――お父さんいい加減にして!」
「んっ? お前甲太郎か?」
「はっ? お前伊佐久か?」
一瞬、双方が落ち着いたのを見計らって香澄が声を上げる。
「お父さん! いい加減にしてーーーーーー!」
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