第6話 宇都宮家

 先日のカフェのドタバタにより、透とそれ以上詳しい話はできなかった。


 香澄としては街中を歩き散歩デートをしたかった。しかし、父からの鬼電により仕方なく家に帰らざるをえなかった。今後透と仲良く話すためにも、この共通の話題は広げていきたい。香澄は家に帰ると早速蔵に入る許可を祖母に取る。


「おばあちゃーん。おばあちゃんいる?」


「どうした香澄?」


 祖母は八十になる。体は元気そのもので家業の和菓子屋を朝から夕まで手伝っている。


 香澄の目元はどことなく父に似ており、父に似ていると言われるのは好まなかったが祖母に似ていると言われるのは少し嬉しかった。


「おばあちゃん、蔵に入っても良い?」


「蔵? 良いけど気をつけなさい。何を探してるの?」


「私がちっちゃい頃見してもらった妖怪が見たいの」


「妖怪、妖怪? あぁ。新書が見たいのね。古い物だから破らないように気をつけてね」


 あのボロボロの巻物が新書? ……まあ良い。とりあえず許可はおりた。香澄は懐中電灯を片手に蔵中を漁る。 


「あった! これこれ」 


 巻物を、気をつけながら広げると幼い時に見た妖怪の絵を見つける。


「よし、これでまた話ができる!」


 香澄は満面の笑みを浮かべながら蔵を出ると透にメッセージを送る為に足早に自室へと急ぐ。


【この間はごめんね。妖怪の巻物見つけたよ! 画像送るね】


 ー三十分後ー


【ありがとう、他には何か書いてあるの?】


【文字がたくさん。古い文字でわたしには読めないけど】


【そっか。良かったら今度見せにもらいに行っても良いかな? 迷惑じゃなければだけど】


「えっ」


 香澄の時が止まる。見せる? どこで? ここで? 家に来るの! 興奮のあまり椅子から転げ落ちると床に頭を強く打ちつける。しかし、香澄の笑みは止まらない。急いで一階に降りると母親を探す。母はちょうど台所で食事の用意をしており何事かと香澄を眉間に皺を寄せる。


「どうしたの?」


「今度……と、友達、家に連れてきても良い?」


「美鈴ちゃん? かまわないわよ。また泊まってもらえば?」


「と、泊まる! 泊まるはちょっと早いかな。とりあえず遊びに来てもらいたいんだ」


「良いわよ……ひょっとして彼氏?」


「か、か、彼氏なわけないじゃない。友達だよ」


 香澄は顔を赤くしながら二階へと駆け上がる。


「お父さんには私から言っておくから――春ね」


 ※※※


 ピロリン


【良いよ。今度の日曜はどう?】


 ピロリン


【ありがとう! じゃあ、少しお邪魔するね】


 ※※※


 あれから数日。香澄と会えば校内でも気軽に話すようになった。香澄からもよく声をかけてくれるようになり、数年来の友人が急にできたようだ。数日前にカフェでゴタゴタしたが、百々目鬼の新たな情報が入り、今日は香澄の家に訪問する予定になっている。


 ピンポーン


「こんにちは芳賀透と言います。香澄さんはいらっしゃいますか?」


 出迎えてくれた女性は香澄によく似ている。童顔で若く見えるが母親なのだろう。


「こんにちは、香澄から聞いているわ。どうぞ!」


 笑顔で奥に案内をされる。廊下を奥に進み、階段を登ろうとした際に剣呑な空気を感じる。今までに感じた事がない害意とでも言うのだろうか? 恐る恐る廊下の奥を覗き見るとそこには般若が! いや、般若の表情をした男性が顔半分を覗かせていた。


「こ、こんにちは」


 挨拶も虚しく般若は顔を引っ込めると暖簾の先に消えていく。恐らく香澄の父親だろう。生まれて初めての害意殺気に動揺しながらも二階へ登る。二階に上がると長い廊下。廊下の先の大半を窓ガラスで構成されており、太陽の光が燦々と降り注ぐ仕様となっている。


(あれ、この建物どこかで?)


 案内された部屋に到着すると透は少し緊張しながら扉を三回ノックする。


 カチャッ


 扉を開くと制服とは異なる装いの香澄が立つ。膝を見せるハーフパンツにラフな花柄のTシャツ、顔を俯かせ恥ずかしそうに立っている。


「こ、こんにちは」


 部屋の中からは石鹸と香澄の匂いがふんわりと漂ってくる。制服を見慣れている透はラフな香澄を見てドキリと鼓動が高鳴る。


(落ち着け。今日は例の物を見に来たのだ)


 笑顔で出迎えてくれる香澄に案内され、部屋の座布団に腰を降ろす。


「大丈夫だった?」


「えっ? うん。その服可愛いよ。似合ってる」


「――! いや、服じゃなくてその、お母さんと、お父さん」


 透の天然な反応に香澄の顔は沸騰寸前である。


「あ、うん。お母さん笑顔で出迎えてくれたよ」

(先程の般若の事はここでは触れるまい)


「そっか。なら良かった! それじゃこれ。話していた古文書」


 部屋に置かれた小さなテーブルの上に古文書が置かれる。そこには古い言葉が中心の崩した達筆な文字が並ぶ。


「よ、読めないね」


「うん。笑っちゃうよね。でも、見てこれ」


 香澄の指した先には小さく描かれた妖怪の姿。身につけている衣服は古いものの、あの時見た百々目鬼そのものである。他にも何かわかる言葉がないかと古文書を見渡すと何とかわかる文字を見つける。


「宇都宮惣左衛門?」


「あ、本当だ。あ、これも」


 そこに書かれている文字は[宇都宮絹]と何とか読める。人名であろう。惣左衛門と絹は古文書のあちらこちらに見受けられる。……そんなやり取りをしていると透はある一つのことに気づく。香澄の距離が近い! 小さいテーブルにこの大きさの古文書を二人で見るとなれば当然の成り行きであろう。しかし、香澄が「これ、これ」と指を指すたびに腕と腕が当たる。意識するつもりはなかったが意識せざるをえない。さらに鼻腔をくすぐる少女の匂い。古文書どころでなくなった透の顔が紅く染まっていく。


「――!」


 香澄の匂いとボディタッチにドギマギしていると後方の扉より再び殺気が伝わってくる。


(まさか! しかし、娘の部屋を覗く父親がいるだろうか? しかしこの殺気。先程感じたものと同じものであるのは間違いない)


「あ、そういえば廊下の窓、素敵だったよ」


 香澄と向かい合い少し距離を空ける。


「そう? 昔からある窓ガラスなの。少し色も入っていたと思うんだけど、昔はもっと綺麗だったんだって」


「へぇ。そうなんだ」

(よし、殺気が消えた)


 香澄は少し残念そうな表情を浮かべると後ろの扉を睨みつける。もちろん扉には誰もいない。


「そういえば、今夜お婆ちゃんと話す事になっているの。この古文書、詳しく聞いてみるね」


「えっ。本当! 分かったら教えて」


「うん。今度は透君の家にお邪魔していい?」


「あ、うん。母さんに言っとくよ」


「本当!」


 香澄のワントーン高い大きな声が部屋に響く。――同時に扉の先から再び殺気が伝わり始める。


「そ、それじゃあ、今日はこれでお邪魔しようかな」


「えっ。もう?」


 香澄は残念そうに立ち上がるとドアを開けてくれる。もちろん、その先には誰もいない。廊下を進んでいると香澄の母がお茶菓子を持ってこちらに向かってくる。


「あら、もう帰るの?」


「はい。ちょっと用事がありまして。今日はありがとうございました」


「また、遊びにきてね」


 一階に降り、玄関に向け歩く。香澄が暖簾の先を睨んでいたのは気のせいだろうか? 玄関を開け二人に礼を言うと帰路に着く。


「惣左衛門、惣左衛門。どこで聞いた事がある気がする」


 記憶の整理をしながら夕陽が沈む我が家に歩いて行った。

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