第4話 カフェでの出来事


 カフェUTUNOMIYA


「それでなんて返したの?」


「相談してから決めようと思ってまだ返信してない」


 ドスっ。鋭い突っ込みが香澄の後頭部に入る。


「馬鹿ね。透君無視されたと思ってるよ。今すぐ返信して」


「えっ嘘! そういうもの?」


 香澄は鞄から急いで携帯を取り出すと急いで透に返信の文字を打つ。


「美鈴これでいいかな?」


「ちゃんと謝る文面も入れて」


「こ、こう?」


「うん。いいんじゃない。返信してあげて」


「ありがとう」


 香澄は携帯を両手で持ちながら右手の親指に力を入れた。


【返事遅れてごめんね。明日の午後なら空いてるけど? 透君はどう?】


 ー三十分後ー


 ピロリン


【空いてるよ。餃子像の前はどう?】


「きたーー! 美鈴返事きたよ!」


 美鈴は我が子を身守るが如く温かいエールを送る。


「気合い入れて行かないとね! 服、何を着ようか? 今から選びに行こ!」


「うん!」


 ※※※


 栃木ライトレール内


 ここ数日の天気はやはりおかしい。特に今日の【雷雲・落雷予測検知システム小型 改!】 はいつもと違う反応だ! この先に何が起こるのか! と心を躍らせていると雷雲は風で流され、今まで降っていた雨は上がる。あれよ、あれよと雲は流れ、空には太陽が顔を覗かせている。急な日差しは雨京の顔を照らし、思わず手で顔を覆う。


「宇都宮〜宇都宮〜」


 何という事だ。晴れてしまった。晴れの宇都宮に用はない。しかし、帰りの時刻を見ると次の電車までは一時間後。雨京は自分の不運を呪いながら時間を潰すためにカフェに入る。


「それでね。……かみな……私見たの」


「そう、俺も雷の後に……園児を……追いかけて行ったら…………」


 近くでカップルがぺちゃくちゃ話している。青春の無駄遣いをしやがって。そのエネルギーを他のことに使えないのか全く! はぁ。早く電車に乗って帰りたい。携帯の時間を見ると座ってから五分もたっていない。はぁ。雨京は再び顔を上げる。


「でね。どど……雷から…………って思うの」


「俺が見たのも雷……だからね……」


 面白くないカップルの話など毛頭聞く気はなかったが、先ほどから気になるキーワードがいくつか飛び交う。雨京は夜の灯りに吸い寄せられる蛾の如く、ふらふらとカップルの席に近づくと相手の目線が合わないギリギリの席に座る。


「そう、私が改めて見た時には百々目鬼はもういなくなっていたんだ」


「そっか。俺もあの雷の日からは百々目鬼は見てないかな。そういえば香澄さんから教えて貰った後、色々調べて見たんだけど。香澄さんが言うような百々目鬼は見つけられなかったよ」


 雨京は二人の話を盗み聞きしながら雷と百々目鬼というキーワードに妙な引っ掛かりを感じていた。百々目鬼、百々目鬼なんだったろうか? 聞いた事があるような気がする。耳を傾けながらスマホに【百々目鬼】と検索をかける。画面がクルクルと回ると画面にはおどろどろしい妖怪の画像が浮かぶ。これ、近所のジジイが話していた昔話の妖怪じゃないか? 雷とどんな関係があるんだ。考えに没頭しようとしたときに後ろに気配を感じ、身体をそちらに向けると雨京の世界がひっくり返る。


「えっ?」


 そのまま硬い地面に身体を打ち付けられると、そのまま腕を掴まれ、何者かに一気に拘束をされる。雨京は何が起こったか把握する間も無く地面とお友達状態となる。


「貴方、誰?」


 背筋が凍り着くような声で耳元に囁かれる。


「香澄のストーカー?」


 腕がしっかりと決まっていて体の自由がまるで利かない。痛みも追いついてきて鈍い表情をした顔からダラダラと嫌な汗が流れ始める。


(か、香澄だって? 誰だ、それ。ん、香澄? 香澄? 聞いた事がある気がする)


「何も言わないのは肯定と受け取る」


 腕と肩に激痛が走るのと同時に腕を締め上げられ、息が止まる。


「い、いだ、俺は違うんだ」


 間抜けな声が店に響き渡ってしまう。雨京の顔に四本の足が近づいてくるのが見える。


「め、美鈴。貴方何やってるの!」


「あっ」


 俺は何がなんだかわからないまま地面に再び捨てられた。


 ※※※


 駅前カフェ


 美鈴を促し、香澄が組み伏せた手を解き雨京が解放される。


「大丈夫ですか? ちょっと美鈴何があったの?」


「こいつが貴方のストーカーをしていたのよ。透君と話している姿を見てやばい顔してたわ。十分後には貴方を刺すくらいの勢いだったのよ」


 雨京は目を見開き美鈴に抗議をする。


「ス、ストーカーだって? そんなくだらない行為するわけだろう! 誰が学生の色恋沙汰になんか首を突っ込むものか! 馬鹿らしい」


「馬鹿らしいですって!? 私と透君との一時を奪っておいて、その言い草はなんなの?」


 美鈴に向けた言葉に対し、その横にいる香澄の怒りの炎が上がってしまう。


「えっ? そんな事俺は言ってないん――」


 最後まで喋らせる事なく香澄のスイッチが入ってしまう。


「もう許さない。ちょっと外出なさいよ貴方!」


「香澄。その男は私が捕まえたの! 横から攫っていかないで!」


「いや、俺は、俺は」


 混沌。そう混沌である。宇都宮の平和な日常に突如現れた混沌。秩序の無い空間はしばらく続くかに思われた。


「あっ! 君、鬼怒川雨京君じゃ無いのか?」


 唯一、冷静な透の一言で三人の動きが止まる。


「誰かと思えば転校生じゃ無いか? んっ? なんだ同じクラスの香澄と美鈴じゃん」


「えっ? 雨京君? 本当だ。何やってるのよ紛らわしいことしないで」


 香澄が呆れた声を出す。


「紛らわしいってなんだよ。俺だっておまえたちの話を盗み聞きするつもりなんてなかったんだよ。ただ――」


「「ただ?」」


 女性陣の声が合う。


「雷の話をしていたから研究に関係あるんじゃないかと思ってよ」


 今度は美鈴が呆れた声を出す。


「あのイカレタ研究の? なんだストーカーじゃなかったのね」


「マジで勘違いじゃすまねえぞ。腕、折れるかと思ったじゃねか!」


「ごめん、ごめん。母国のカンフーがついつい出ちゃたのよね」


 美鈴の悪気の無い姿を見て雨京が盛大なため息をつく。


「はぁ。誤解が解けて良かったよ」


 真面目な顔に戻ると香澄と透の正面に立ち直す。


「それにしても意外だったよ。お前らいつから付き合ってんだ?」


 その刹那――香澄は熱せられたヤカンのように耳まで真っ赤にすると透の顔をみる。透は不思議そうな顔を見せ、半笑いを浮かべる。


「何言ってんのよ! この馬鹿!」


 力いっぱい振りかぶられた手は雨京に直撃。雨京は今日二度目のキスを地面とした。

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