第3話 宇都宮ライトレール車内 参両目

 宇都宮ライトレール車内


 立っているにも関わらず車内での揺れは眠気を誘う。何とか睡魔との戦いに勝ち、今は友人になんて嫌味を言ってやろうかと考え中である。


 日本に来て一年ちょっと。大好きなお婆ちゃんと宇都宮の街は大好きだし、香澄という良い友人もできた。


 しかし、朝の五時半に電話をかけてくる友人は人としてどうなのだろうか? 「テンションが上がり過ぎて寝れない」を第一声に怒涛の如く要領を得ない話をされ、仕方なく宇都宮の駅で待ち合わせとなった。


 呉美鈴ゴーミンレイ、十七歳。烏の濡羽色を思わせる髪は一つに結ばれ、背中で縦横に踊っている。痩せ型の長身におおよそ不釣り合いな引き締まった腕、絵画の中の武人を思わせるいで立ちである。射るような目線は武術の稽古の時には敵を竦み上がらせるが、祖母と香澄を見る眼は誰よりも優しい。


 数年前まで両親と過ごし、自国で脚光を浴びていた時期もあったがそれは別の話。今は宇都宮の土地と人に刺激を受けながら日々、新鮮な日常を送っている。


 冴えない頭で先日のライトレールでの出来事を思い出す。落雷で車内の灯りが消え、それでも動き続けるライトレール。車内には携帯の光と外から時折光る稲妻だけである。灯りが消えても動き続ける車両に驚きながら、前方に佇む特徴のある髪型の人物を見つける。寿司のように結いた髪を頭の中心に乗せ、風通しの良さそうなヒラヒラした服、そして腰に差した長い棒状のもの。異国出身の私でも本で見た事のある日本の象徴たる人物、そう「侍」である。


 呆気に取られ思わず二度見してしまった。車両の灯りが付いていないので常に見続ける事はできないが、時折光る稲妻でやはり存在していることは確認できる。美鈴が侍に気を取られていると車内の灯りが復旧し、その瞬間に侍はいなくなっていた。


(あれは何だったのであろう?) 


 日本ではよくある事なのだろうか? 答えが出ない考えはやがて昼飯を何にしようかと、いつもの考えにすり替わっていた。


 ――宇都宮〜宇都宮〜


 改札の先には目をギラギラさせた香澄。美鈴はとりあえず香澄を落ち着かせると近くのカフェへと場所を移した。


「それで何があったの?」


「ごめんね。でもどうしても美鈴に聞いてほしくて!」


「良いわよ。そのかわり昼ごはんは香澄の奢りだからね」


「それくらい良いわよ。で、聞いて!」


 香澄のストーカー行為から家に招かれるまでの話を聞く。香澄の呆れた行動に頬を引き攣らせながらも話は不思議な方向へと向かって行く。小さい子供? やはり宇都宮の街には何かあるのだろうか? 興奮しそうになる香澄を宥めながら本題の話を聞くことにした。


 ※※※


 麗らかな陽気にやんわりと空調の効いた車内が心地よい眠りを誘う。不覚にもライトレールで移動中で眠りに付いていしまっていた。


 ――――――


 ――――ぁ


 ――父さん!


「――ッ!」


 あいつを夢で見たのは久しぶりだ。メガフラッシュがやはりまた来るのだろうか? それとも俺が追っているこの事件にお前が関係しているのか?


 宇都宮の駅に着くと、ゆっくりと歩きだす。出入り口に備え付けてある鏡に自分の顔が映る。無精ひげを生やした口、目の下には寝不足の濃い隈、荒れた生活に、深酒による瘦せこけた頬。墓場から現れた幽鬼と言われた方がしっくりとくる。


(家に帰るのは何か月ぶりだ?)


 久しぶりの家路だ。しかし、帰り道に心が躍らなくなってどれくらいたつのだろうか? いや、誰もいなくなった家に心躍るわけがないか。銀杏並木を抜け、ビルのぼろい階段を登ろうとした所で懐の震えに気付く。


「八街だ。えっ! またいなくなっただと? しかし……。いや、俺も何も知らない。分かった、何か分かればこちらからも連絡する」


 ジャーナリスト仲間からの連絡だ。また一人宇都宮の街で行方不明者が増えたらしい。世間で人がいなくなる。なんていうのはよくある話だろうが、血痕付きで県外の者が連続でいなくなれば、何かあると考えるのが普通だろう。


(何か知らないか? ね)


 何も知らないと答えた。同業仲間といえどこの情報は渡すことはできない。この事件は俺のものだ。


 ※※※


 八幡山香澄 自宅


 ピロリン


 着信音が鳴り響く。台所にいる香澄の母はすかさずに声をかける。


「香澄〜。携帯鳴ったわよ」


「あ、携帯触らないでよね! 今取り行くから」


「触られるのが嫌なら、そんなとこに置かなければ良いのに」


 雨に濡れた体をシャワーで洗い流した香澄は身軽な格好で携帯に飛びつく。その様子はまるで飢えた犬のようである。香澄は携帯を持つと二階にある自分の部屋にそそくさと逃げていった。そんな香澄を母は温かい目で見守る。


(ついに香澄にもそんな時が来たのね。……お父さん泣くかしら)


 二階の部屋に入り、自分のベッドにダイブする。本人は意識していないが先程から表情はニヤケている。家に帰る途中で送った透への御礼メールに返信がきたのだ。


【風邪をひかなかったようで良かったよ。さっきは雨で話ができなかったけど香澄さんもあれ、見たんだよね?】


 あれとは、そう、あれだよね? 透と話ができた事に浮かれていたが、何気に大変なものを私も見てしまったのだ。


【うん。園服を着た子供だよね?】


 透も携帯の前にいるようだ。すぐに返信がくる。


【やっぱり。俺、驚いちゃってさ。でも、見えていたのが俺だけじゃなくて香澄さんにも見えていてよかったよ】


 共通の話題に気を良くした香澄は続け様に透に文面を入れる。


【たぶんだけど、あれが何か分かったかも】


【えっ? あれ見たことあるの?】


【そうじゃないんだけどね。小さい頃にお婆ちゃんから聞いていた百々目鬼じゃないかと思うんだよね】


【ちょっと待って。調べてみる】


【これかな?】


 文字と一緒にURLが送られてくる。香澄は送られてきたURLを確認するが自分の想像していたものと違うオドロオドロしい百々目鬼を見るとすぐさま返信する。


【私が知ってるのと少し違うかな。こう、なんだろう。もう少し可愛い?】


【うーん。ネットだと香澄さんが言う百々目鬼は見つからないかな? 今度の週末は忙しいかな? 良かったらどこかで少し話できない?】


 「な。なんですってー!」


 携帯電話を放り投げると家の中をはちゃめちゃに走り回る。こ、これは。で、デートなのでは! こ、これは相談しなくては。美鈴、そう美鈴に聞くしかない。

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