第2話 宇都宮ライトレール車内 弐両目
宇都宮ライトレール車内
人目を憚らず頭を抱える少年がいた。電車などの人目が多いところでは普通の人間であれば他人の視線が気になるのだろう、しかし、そんな小さな事を彼は気にしない。昨夜の嵐は十年前の再来ではないかと興奮し、夜の街を観測していた。
しかし、蓋を開けてみれば風が強く、雷の多い、いつもの宇都宮であった。
「午後から登校しようとしてそのまま家にトンボ帰りとは俺の学生時代はいつから狂ってしまったのだろか?」
マイペースを貫きすぎたが故に変人の烙印を押された男。鬼怒川雨京の憂鬱な一日が今日も終わろうとしている。
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俺は雨京という名前が好きではなかった。その優美な名前とは裏腹に、自身の性格は猪突猛進、粗野、頑固という言葉が相応しい。俺を深く知る者の人物評は厳しいが、自身でも自分のことを理解しているつもりであった。
癖のある髪をクルクルと指に巻きながら、自身のことを理解できる者は、この先もあまり多くないであろうと考えていた。
先輩方が卒業し、【雷雲・落雷予測検知システム】の良さを理解してもらえる者も今はいない。母の仕事先ということもあり、面白くは無いが先輩方が入学された宇都大の進学に力を入れるべき時期なのかもしれない。
「受験かぁ。俺にはまだ早いな」
窓の外の雨を眺めながらつい独り言が漏れる。そういえば乗車人数がいつもより多い。先程の雷による停電の復旧作業があったせいかもしれない。
都心であれば二時間の復旧作業を要するのに対し、このレールウェイは地元の気候に合わせて作られているため、極端に停電に強い。アンビリカルケーブルの給電を外し、蓄電池バッテリーに切り替え運転をできるのは日本国内でこのライトレールだけではないだろうか。
コストと手間がかかる切り替え運転を実現させたのは製作者の熱意であり、将来は俺もこれくらい熱いものに打ち込められたら、などと考える。
ブルブルと懐が揺れるのを感じる。もちろん携帯電話などというつまらないものではない。「雷雲・落雷予測検知システム小型 改!」検知能力は低くなるものの、これさえあればいつでも雷雲と落雷を見落とさない。さすがに「雷雲・落雷予測検知システム フル装備」で街を歩くのは異様な装いもあり、見た目を気にしない俺でさえ憚られる。
「んっ?」
小さい落雷ではあるがこの反応。気になる。距離を考えれば【神平出】か。一駅過ぎてしまったが次で乗り換えれば。いや、この時間帯はまだ本数は多くない。次の駅で降り、ダッシュで向かった方が早いかもしれない。こうしてはいられない。電車のドアが開くと俺は人垣をかき分け下平出に向けて走り出した。
※※※
神平出駅近辺
八幡山香澄、十七歳。鼻筋が通り、目鼻立ちがはっきりしている少女が駅より降り立つ。大きな目は少したれ気味であり、俗にいう狸顔という部類に入るのだろう。小柄で華奢な風貌も相まって彼女はクラスの男子に人気がありそうだ。実際、駅で何人かの男子学生が香澄に目を奪われている。しかし、香澄自身はそのようなことはおくびにもださない。いや、純粋にどうでもよいのだろう。香澄の視界はただ一人の男子学生しか目に入っていない。肩口で揺れるショートの髪を揺らしながら香澄は男子学生を追いかけていた。
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私は超えてはいけない線を超えてしまっているかもしれない。毎日の日課で芳賀くんを見ながらの下校中で何を思ったのか【神平出】の駅に降りてしまった。本当にあれっ? てな感じで私自身も驚きを隠す事はできない。きっと今朝のお父さんの発言が私のストレスを限界突破させた結果だろう。いや、きっとそうに違いない。
行動を起こしてしまったからにはもう少し透くんを眺めよう。彼が学校に転校してきて、はや二ヶ月。さりげないシティボーイな仕草。宇都宮の芋っぽい男子たちとは一線を画している。
しかし、今日の透くんは何かが違う。雷が落ちた跡を野次馬と一緒に眺め、しばらく足元をぼんやりと眺めると、その後は一点を見つめスタスタと何かを追って歩いていく。
少し先を私も確認してみる。雨で視界が悪く、何もないように見える。透くんは慣れた足取りで公園を突っ切り、横断歩道を渡り、土手を通ると、とある家の前に立ち止まる。私も少し離れた場所で立ち止まる。透君の先にある建物は……。
「まさか、いや、透君のお家では!」
ハッキリと超えてはいけない線を超えてしまう。しかし、ここで我に返る。透君の先には小さな子供? 時折、モニターの画像が乱れるように子供の姿に残像が走る。その姿をよく見れば園児の後ろ姿をしていて、帽子を被っている。さらに注意して帽子を注視していると、ズズズッといた具合に園児の帽子の後頭部に黒気味の模様が集まり一つの大きなシミとなる。やがて、それはぱっちりと【目】となって私を見つめていた。
「きゃっーーーー!」
思わず叫んでしまう。驚いた拍子に腰を抜かし、地べたに尻をつけてしまう。私の叫び声に合わせ子供の姿が消え、正面には私の声に驚き振り向いている憧れの透君。
――やってしまった。
透君は私の姿を見るといつもの涼しい表情に戻り、手を差し伸べてくれる。
「大丈夫?」
「あ、あ。うん、大丈夫」
差し出された手を掴み起き上がる。今、気づいたけど転んだ拍子にスカートはびしょ濡れになってしまったようだ。どうしよう……。みっともない姿を見せてしまった、いやそれどころではない。私がここにいる事自体どう言い訳すればいいんだ! 透君は何を話そうか少し迷っているようだ。当たり前だ、喋った事もないクラスメイトが自分の家の目の前にいる。ストーカー認定待ったなしだ。私が頭をフル回転させ言い訳を考えていると透君が口を開く。
「君も見た?」
診た? 観た? 見た? あ、さっきの子供か!
「あ、うん」
なんとも間抜けな返事である。しかし、なんとか誤魔化せたかもしれない。
「驚いたよね。僕も驚いた」
透君はびしょ濡れの私の姿を再度確認する。
「そこ、僕の家なんだ。ちょっと待ってて」
「え、えっ?」
さり気なく差し出された透の手を思わず握り返してしまう。
「あ、あ、あの」
私は言葉を忘れてしまったのだろうか? さっきから間抜けな言葉ばかりである。透は香澄の手に力を入れて立ち上がらせると軒先に案内し、そそくさと家に入って行く。
数分後
ハンドタオルと傘を手に持ち透が香澄に手渡す。
「これ使って」
「あ、うん。ありがとう。こ、これ」
「あ、いつでも良いよ。気が向いたら返して」
「う、うん。じゃあ連絡先教えてくれる?」
「ああ良いよ。これ」
ポケットから差し出された透の携帯電話に香澄が携帯をかざす。ピロリンと電子音が鳴り、透の連絡先が表示される。
「あ、ありがとう! また連絡するね!」
私は返事も待たずに踵を返すと、透君
を背に走り出した。
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