宇都宮ライトレールは妖怪がお好き

陽乃唯正

第1話 宇都宮ライトレール車内 壱両目

 宇都宮ライトレール車内


 車内モニターでは宇都宮内で起きている連続失踪事件の続報が流れている。行方不明者は二十人に上り、SNSでは不可思議な現象の目撃情報も頻発している。事件の行方不明者は宇都宮の外から来た人物が大半であり、その特異性もあり宇都宮の内外から深い関心を集めている。


 しかし、身近な人物で巻き込まれた者もおらず、自分には関係ないと、透はモニターの情報をスルーしていた。


 芳賀透、十七歳。つい最近都内から越してきた男子高校生である。特に主張のある見た目ではないが、洗練された立ち振る舞いと、物腰の柔らかい態度で一部の女子に人気がある。しかし、都内から来たよそ者意識がそうさせるのか、冷たく距離感のある印象も受ける。透は切れ長の目を車内のモニターから外し、物思いに耽る。


 夕暮れより降った雨は、予報に反してまだ降り続く。一昔前はこの雨の中を徒歩で帰らなくてはいけなかったわけだ。


 今の時代に生まれ良かった、宇都宮ライトレールさまさまである。それにしても宇都宮の夏期の天気は荒々しい、雨もさる事ながら雷の頻度に本当に驚かされる。


 しかし、宇都宮の雨に温かさを感じるのは東京から来た余所者だからだろうか? 【神平出】に着くと激しい雨にも関わらずちょっとした人だかりができていた。


「何かあったんですか?」


 東京にいた頃だったら通行人などには絶対に話しかけなかったであろう。このように話しかけてしまうのも宇都宮の人の温かみのせいかもしれない。


「落雷がすぐ近くに落ちてね。ほら、そこの角の神社、煙が少し上がっているのがわかるかな?」


 透は礼を言うと男が指した角の神社を見る。成る程。確かに煙が上がっている。怪我人がいなくて良かった。人だかりにうんざりし、傘を広げその場を去ろうとする。しかし、透は雷の跡から現れたとある人物から目が離せなかった。


「えっ?」


 雷の落ちた場所からは園服を身に着けた男児。


 もちろん、宇都宮にも園児は沢山いるだろうし、天気が悪い中を運悪く出歩いている子供もいるかもしれない。問題は今、透が見ている子供は三十センチ程しか無いのだ。


 以前、相手をした甥っ子の三歳児は身長八十センチ前後。三十センチといったら産まれたばかりの赤ん坊と大差ない。その園児が体格にもピッタリの見栄えの良い園服を着て歩いているのだから、これには違和感を覚えずにはいられない。


 園児は周りの事など関係なく、スタスタと坂を登って行く。親はどうしたのだろうか? いくら日本とはいえ、今は何があるかわからない。声をかけるべきか……。


 しかし、あれは人なのだろうか? ひょっとしたら昨日の夜更かしの影響がでているのかも知れない。


 野次馬は解散しつつある。他の者が目にしていないか見回してみるが、誰も気にはしていなようだ。園児を追うことにやや抵抗も憶えたが、若い血潮の好奇心を抑える事はできず、透は落雷の後から現れた謎の園児を追いかける事にした。


 ※※※


 東京から宇都宮に引っ越すと告げられた日、そんな悪い気はしなかった。多感な時期なので普通ならば子供は引っ越しを嫌がるのであろう。


 しかし、今はネットでいつでも連絡も取れる。それに宇都宮から都心まで出るのにも大した時間もかからない。実際に父は毎日通っているのだ。まだ、こちらで友人と呼べるような者には出会えて無いが、それは今からゆっくり作れば良いだろう。


 そんな事を考えていると園児が角を曲がる。見失わないよう、急いで角を曲がると園児は相変わらずスタスタと歩みを進めている。雲が晴れ、空からはゆっくりと陽が差してくる。夕暮れに近い暖色の光ではあるが温かみがあり、とても豊かな気持ちとなる。


「あれっ」


 ここで園児について一つ発見をする。園児の先の風景が薄らと透けているのだ。今も園児の先の古びた電柱がよく見える。考えれば、高校生の歩幅である。すぐにでも園児に追いついてもおかしくないのだ。


「いよいよ、寝不足説が濃厚になってきたな」


 園児は何者にも囚われず歩みを進めている。この先に何があるのだろうか? この先は……。


(まさかな)


 園児は公園を突っ切り、横断歩道を渡り、土手を通ると見知った道に出る。


「いや、これは、こんな事ありえるの……か?」


 角を曲がる手前で立ち止まる。ゆっくりと顔を出しその先を覗くと園児は芳賀家の前で立ち止まっていた。驚くのと同時に、何か言わなくてはならないという強い気持ちに駆り立てられ、思いきって小さな園児に声をかけた。


「なあ、僕の家に何かようがあるのか?」


 園児は背を向けており、こちらに振り向きはしない。


「お前、何者だ?」


 反応が無い。業を煮やし、近付いて確認をしようとすると帽子の左右に黒い模様が現れる。


「んっ?」


 園児の帽子に突如現れた模様を凝視していると、その模様はズズズッといた具合に園児の帽子の後頭部に来ると一つの大きなシミとなる。やがて、それはぱっちりと【目】となり透を見る。


「!?」


「キャーーーーッ」


 前方に全力で集中していると、後方より突如女の叫び声。透は反射的に後ろを振り向く。そこには透が通っている【宇都宮東信高校】の制服を着た女性徒が腰を抜かし、座り込んでいた。

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