第2話 十三人目の呪い編 鬮学園
鬮学園
奥多摩の幽玄な森をふくむ、全寮制の一貫校――。
拙い知識で、それだけのことを知っていた。
他の学校では手に負えなくなった悪童や不良を、人里離れたここに閉じこめ、更正する牢獄――。
「概ね、その噂は正しいよ」
御代木は先を歩きながら、そう説明する。白面は目や口すら覆っているが、真っ直ぐ歩くように見えてはいるようだ。
「ここにいる生徒は神懸り――。あぁ、神が依り代として択んだ者を、私たちはそう呼ぶ。神懸りとなった者は、意図せず周りを傷つけたり、事件を起こしたりするからね。それで不良や、悪童といった評価となってしまい、行き場を失ってここに送られてくる。
でも安心してくれたまえ。ここの卒業生は就職率百%! 引く手数多の売り手市場だから」
「どうだか……」
そんな声のした方を見ると、赤く染められた髪に、大きくて鋭い眼光でボクを睨みつけ、少女が近づいてきた。
「珍しいねぇ。弋峰君が散歩なんて」
御代木ののんきな言葉を無視するよう、弋峰は真っ直ぐボクを見すえて「あなたが転入生?」
ボクが戸惑っていると、御代木が応じた。
「一年の聖 空夜君だ。こちらは二年の弋峰 緋広さん。同じ中等部。そうだ、君の方で色々と教えてあげてくれないか?」
殺気すら篭めている弋峰に、御代木はそんな呑気な依頼をする。弋峰も「こっちも知りたかったのよ。転入生の実力を……」
そういうが早いか、弋峰は手を上から下へと振り下ろし「懸け杭!」と叫ぶ。
すると、訳も分からぬまま、ボクは体が拘束されたように身動きがとれなくなっていた。
「私の〝懸け杭〟は、人と神を同時にしばる、鉄壁の奉術よ」
弋峰の言葉に、御代木が付け足すように「あぁ、奉術っていうのは、神を操る術のことだよ」
「ちょっと! そんなことも教えていなかったの? きゃッ‼」
弋峰は、御代木に詰め寄ろうとして、慌てて飛び退く。ボクの背中から、黒い手が何本も湧き上がって、彼女へと向かったからだ。
「神を統制できていない⁈」
バックステップを踏み、伸びる手の追及を避けつつ、弋峰もそう叫ぶ。
「そうそう。だから君の懸け杭でも、抑えることは難しいよ」
また後出しする御代木を、恨みがましく睨みつけてから、弋峰も今度は両手を振り下ろして「輩杭ッ!」
力の流れが変わった……。ボクは両手、両足どころか、呼吸すらできなくなる。
ボクが苦しみ、喘ぐのと合わせ、黒い腕は滅茶苦茶に暴れだし、辺りにある木々を薙ぎ払う。
「彼女の神は、君の周りに杭を打って領域展開する。君も神懸りなら、周囲にある杭が見えるはずだよ」
そんな助け舟をだす御代木をじろっと睨んだが、弋峰も今は文句をいうどころではない。黒い触手は人のように肘があり、五本の指もあるが、どこまでもそれが伸び、彼女を追ってくるのだ。
弋峰は「懸け杭!」と唱えるが、触手の一本が叩き落とされるだけで、すぐに復活する。彼が呼吸困難で倒れるか? 彼女が触手に掴まるか? 今はそんな勝負となっていた。
ボクは首を絞める強い力に、戸惑いつつも冷静だった。親からはよく首を絞められていた。時に笑いながら、時に憎しみを一身に篭めて……。
神懸りなら、杭が見えるって……? でも、何で杭なんだろう?
杭……? 辺りを見まわすと、大地から湯気のような蜃気楼が立ち上り、数ヶ所で渦をつくる。
渦……これが杭か⁉ 触手の何本かでも、弋峰を追いかけるのを止め、これをふり払ってくれたら……。
神は、ボクにとって有益なことをするんだろう? なら、少しはいうことを聞いてくれッ!
ボクがそう強く願うと、一本だけがボクの周りの渦を払うような動きをみせ、ボクの拘束が解け、その瞬間に大きく息を吸った。
四つん這いで喘ぐボクを見下ろし、弋峰は「危なっかしい……。神を御すこともできないのに連れてきたわけ?」
御代木は教師らしからぬ、ポケットに手をつっこんだまま「だから連れてきたんだよ。君たちで教育してあげてくれ」
「教師の仕事でしょ!」
「教員は忙しいんだ。じゃ、後は頼んだよ。男子寮に連れていけばいいから」
御代木は、後は知らないとばかりにさっさと歩いて行ってしまう。弋峰はしばらく御代木の背中に悪態をついていたけれど、その怒りを保ったまま、ボクを見下ろして「行くわよ!」と、歩きだす。先ほどまでの殺気が消え、今は怒気が強まり、大股で歩きだした。
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