第34話 ナナの告白

 俺たちが天幕に入ると中央には大きなベッドがあり、誰かが横たわっていた。


「ナナ!?」


 俺とプラム王女はベッドのそばまで急ぎ足で近寄った。ナナは気がついたのか、そっと目を開けたが顔面は蒼白だった。


「タケオ、任務完了したんだね。さすが、あたしが好きなった人ね…。」


 それだけ言うと、ナナは激しく咳き込んだ。魔王が慌てて水差しで彼女に何かを飲ませた。


「ナナ…。」


 俺はうろたえて困惑するばかりだったが、ナナが目で合図すると魔王がうなずいた。


「プラム王女、こちらへ。」


 魔王がプラムを連れていこうとした。王女は不安そうに俺の顔を見たが、俺は安心させるように微笑んだ。

 王女は何度も何度も振り返りながら、魔王に連れられてノーラやひよりさんといっしょに天幕を出ていった。


「ふふ、なんて綺麗なの。あれ、大人になったプラム王女ね? まあ、あたしには勝てないけどね。」


「ナナ、いったいこれはどういうことだ?」


「慌てないで、説明するから。」


 ナナはまた咳き込んで、苦しそうだったが一旦落ちつくと半身を起こした。


「プラム王女を幸せにしてあげてね。タケオにしかできないんことなんだから。」


「それは今は置いておいて、説明してくれ。君は病気だったのか?」


「うん。ほら、あの戦いで敵軍が劣化ウラン弾を使ってたでしょ。白血病なの、あたし。」


 俺は絶句して、思わず魔王が去っていった方を見た。


「ムダよ。さすがに魔法でも治せないって。」


「そんな…。」


「魔王くんがくれた強壮剤でなんとかもってたんだけどね、急に悪くなっちゃったみたい。」



 ナナは水差しからまた何かを飲んだ。おそらく強壮剤だろう。


「市庁舎前の戦いの後、あたしもぜんぜん仕事が見つからなくてさ。ある日、戦車屋のチラシを見つけたの。速攻で入社したわ。」


「まさか、本当に異世界で暴れるために入社したのか?」


「最初はそう思ったの。でもね。」


 ナナは俺の方に視線を向けた。


「あたしの最初の仕事はね、悪いエルフの王様が王国の民を苦しめているから、反乱を起こすので支援をしてほしいっていう内容だったの。」


「依頼元はダークエルフ族と魔王の連合軍だったんだな。」


 ナナはうなずいて、話し続けた。


「もらった資料写真の王族の中にプラム王女を見つけたわ。その時、あたしは思いついたの。」


「なにを?」


 俺の問いに、ナナはすこし哀しげな様子を見せた。


「このプラムという子ならタケオの傷を癒せるんじゃないかって。あたしじゃ無理だったけどね。」



 しばらく考えて、俺はやっと声を出した。



「まさか、君は…。」


「そう、あたしは社長にタケオのことを教えた。勧誘すれば必ず入社するはずだって。で、あたしは仕事を受けたフリをして異世界で社長に反乱を起こしたの。もう元の世界には戻らない、あたしは戦車ハヌマンで異世界全土を征服してやるって言ってやったの。」


 またナナは咳き込み、俺はそのやせた背中をためらいながらさすった。


「あの時の社長の慌てぶりったらなかったわ。任務が完了したらあたしの病気を治す約束をしていたから、まさか逆らうなんて思ってもいなかったのでしょうね。」


 ナナは楽しげに笑い、ベッドに身を横たえた。


「思ったとおり、困った社長はタケオを派遣してきたわ。新型のヒヨコ丸で、あたし達をつかまえて連れ戻す任務も兼ねさせてね。でもあいつ、隠して言わなかったでしょ。」


「じゃ、君はわざとプラム王女を窮地に陥れたのか?」


「そうよ、タケオ。あなたにプラム王女を助けてもらって、彼女のために戦うことであなたが立ち直れたらと思ってね。」


 ナナは話し疲れたのかゆっくりと目を閉じた。


「あなたには苦しみから解放されてほしかったから…。どうやらあたしの思い通りにいったみたいだけどね。」


「ナナ…。」



 目の前の光景が俺には信じられなかった。あんなに元気だったのに、今は見るかげもなく彼女は弱りきっていた。


 俺は彼女が差し出した手を握りしめて、ただひたすら謝った。だが、彼女は首をふり微笑むだけだった。


 俺の目からはとめどなく涙が溢れてきて尽きることはなかった。



「あたしが勝手に考えたことで、タケオを巻き込んでゴメンね。でも、あの時に犠牲になった子と王女があたしには重なって見えたの。」


「すまない、俺のせいで…君を…。」


「謝らないで。あと、ひとつだけお願いがあるのだけど。」


「なんでも言ってくれ。」


「ハヌマンをとめてほしいの。」




『ぜったいに、やだ! イヤだったらイヤだ!』



 新・ヒヨコ丸は激しくダダをこねて俺やひよりさんをさんざん困らせた。


「あきらめて、いさぎよく戦えよ。」


『イヤだ! 僕には勝てっこないよ!』


「やってみなきゃわからねーだろ。」


『いやだ!』


 新ヒヨコ丸は魔王軍陣地の隅にある倉庫に入って隠れてしまった。

 俺とひよりさんはため息をついた。



 プラム王女と魔王くんの話し合いによって、魔王軍の人間国への侵攻作戦は中止となり、魔王軍は総撤退することが決定した。


 だが、ハヌマンだけは言うことを聞かず、人間国に攻撃をしようとしているらしかった。ナナはそれをとめてほしいと俺に言った。



「あのコ、もうあたしの言うことを聞かないの。あたしがこうなったのは人間どものせいだから、仇をとるって聞かなくてね。異世界の人間族は関係ないのに。」



 俺はなんとか新・ヒヨコ丸を説得しようと、倉庫の扉の前に立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る