第33話 涙の演説
目の前の光景が俺には信じられなかった。あんなに元気だったのに、今は見るかげもなく彼女は弱りきっていた。
俺は彼女が差し出した手を握りしめて、ただひたすら謝った。だが、彼女は首をふり微笑むだけだった。
俺の目からはとめどなく涙が溢れてきて尽きることはなかった。
「本当に良いのですね?」
「うむ。いつでも大丈夫だ。」
プラム王女はいつになく冷静で、俺の最終確認にもきっぱりと返事をした。
ひよりさんとノーラの所持金をありったけ借りて、大慌てで途中の街で一番高価な服を買い、美容師に髪を整えてもらい化粧もしてもらったプラム王女はそこにいるだけで神々しく、自然に光を放つかのようだった。
プラム王女はヒヨコ丸のメイン操縦席に座っていた。彼女は恥ずかしげに俺のほうを見て、手を差し出してきた。
「ただ、話している間だけで良い。手を握っていてくれぬか。」
「わかりました。」
俺は快く応じて、王女の手をかるく握った。細くて柔らかい彼女の手はまるでみずみずしい葉のようだった。
『全周波数帯域をジャック完了。周囲の全敵戦車に強制送信開始するよ。』
「画像、音声、いつでもいけるぜ。」
ひよりさんが後部座席でOKサインの手を出した。俺は頷いて、王女の肩をかるくたたいた。
「プラムにゃん、落ち着いてニャ。」
後部座席のノーラにうなずいたプラム王女は大人の姿をしていた。そう、王女は再びあの魔法薬を飲んだのだった。王女のカバンに入った瓶にはまだあの薬が残っていたのだった。
プラム王女はうなずくと、ゆっくりとそして堂々と、威厳と自信に満ちた声でモニターに向かって話しはじめた。
その演説は、この異世界で後々まで語り継がれ『プラム王女の戦車返し』と呼ばれるようになったという。
『この話を聞いている戦車派遣会社の皆さん。私はエルフ王国の王女、プラムです。私から皆さんにお話ししたいことがあります。聞いてください。皆さんは遠い異世界から私たちの世界に来られたのですね。それは何のために? 私は知っています。私たちの世界の争いに乗じて更なる争いを呼び起こし、それによって金銭的な利益を得るためですね。』
「全戦車、依然として魔王軍の陣地をめざして侵攻中!」
ヒヨコ丸の声が操縦室に響いた。
『ですが、私は皆さんを責める立場にありません。なぜなら、最初は皆さんと同じく私も、異世界から来た力に私自らが頼ったからです。その凄まじい威力に、私ははじめは魅了されました。その力を使えば王国を取り戻すことも、それどころか世界を支配することも可能だと思いました。ですが、それは大きなあやまちだとある人が気づかせてくれました。』
「全戦車、依然として侵攻中!」
『そのある人は、力を失ったあとも逃げださずに、いつも私を命がけで守り助けてくれました。私はいつしか、王国を取り戻すことよりもその人と共に歩む日々を夢見るようになりました。ですが、その人の心には大きな傷があったのです。それは、争いによってできた深い深いものでした。私ならその傷を癒せるかもしれないと私は思いました。それが途方もない思いあがりであることにも気づかずに。』
「一部の戦車が停止。他は依然侵攻中!」
『そう、どんなに強い力があったとしても、それはただ人の心を惑わせて、見果てぬ野望を抱かせて苦しめるだけなのです。争いがまた新たな争いを呼び、憎しみを招き、そして争いに巻き込まれた人々には消せない傷が残るだけなのです。たったひとりの愛しい人の心を自分に振り向かせる事が、私にはできませんでした。今もその人の心身の傷は癒えず、己を責めて苦しんでいるからです。』
プラム王女の目から一筋の涙が落ちた。俺はそっと彼女の肩に手をおいた。
「半数の戦闘車両が移動を停止して待機モードに移行したよ。」
『皆さんはここが異世界だから誰も傷つかないとでも思っているのですか? 異世界だから、なにをしても良いと思っているのですか? 違います。私たちもこの世界で現実に生きて、呼吸をして、食べて、笑って、愛して、泣いて、そしていつか死を迎えるのです。皆さんと同じです。異世界だからと、皆さんに一方的に踏みにじられて良いはずがありません。』
「全戦車が停止して待機モードに移行!」
『これ以上まだ、私たちは後々までお互いに消すことができない憎しみや苦しみの傷を心や体に刻み合うのですか? 私は、そんな事は許しません。皆さんがそれ以上前に進むなら、私は全世界に訴えかけて全力で皆さんを阻止します。私たちは、ただ皆さんに蹂躙される者にはなりません。私は、はっきりと皆さんに言います。私たちの世界から出て行って下さい。そして、2度と来ないでください。私が言いたいことはそれだけです。』
「…1輌の戦車が消失! 異世界間転移を確認! あっ! 次々と転移を確認! 敵戦車が消失、退却していくよ!」
「やったぜ!」
「大成功ニャン!」
後部座席でひよりさんとノーラが抱き合った。俺も、王女の手を握ったまま微笑みあった。
「見事でしたよ、プラムさん。」
「ありがとう、タケオ。ところで…。」
「はい?」
「いったい、いつになったらタケオはプラム、と呼んでくれるのだ?」
俺が困って苦笑いしていると、王女は俺にハグをしてきた。俺はためらいながら、王女の背に手をまわした。
「あニャ~、どさくさに紛れて何をしてるニャ。ま、いいけどニャ。」
「わあったよ、あたしも、もう邪魔はしねーよ。式には呼べよな、コラ。」
ノーラとひよりさんに祝福されながら、俺とプラム王女はいつまでも操縦席で抱き合っていた。
魔王軍の陣地に着くと、天幕から魔王が飛び出してきた。
「タケオさん! ご無事でしたか! 早くこっちへ来てください! ナナさんが大変なんです!」
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