第32話 大戦車戦の予兆

「ヒヨコ丸! 桃寺さん!」


 動いているヒヨコ丸本体を見るのは俺は久しぶりのような気がした。鏡面装甲に陽の光を受けて輝きながら、ヒヨコ丸が広場に堂々と出現していた。



『タケちゃん、そのまま伏せておいてね。』


『面倒くせえから、派手にいくぜ。』



 俺はそれを聞いて、慌ててプラム王女とノーラに再び覆いかぶさった。


「タケオ、こんな人前でなんと大胆なことを。」


「あニャ~、もっとくっつくニャン!」


「ちがう! 頭を低くしたままで!」


 俺はなにか勘違いしているふたりを地面の上で強く抱きしめた。ちらりと見上げると、新ヒヨコ丸のランチャーから何かが青空に向けていくつも射出されたのが見えた。


 その何かは空中で複数に分離して、今度はこちらめがけて落ちてきた。


「あれは!? まずい!」


 俺は血の気がひいて、さらにふたりを強く引き寄せた。


「ああ…タケオ…。もっと強く…。」


「王女さん、ずるいニャ! シャーッ!」



 すさまじい轟音と熱風につつまれて大地が激しく揺れ、俺たちはしばらく顔を上げることすらできなかった。



 誰かに肩をつつかれて、俺は恐る恐る顔をあげた。ひよりさんがニンマリしながら俺のそばにしゃがんでいた。


「タケオ、いつまで伏せてんだよ。とっくに終わったぜ?」


「えっ? もう?」


 あまりのあっけなさに俺は驚きながら立ち上がった。プラム王女とノーラも起き上がり、周囲の惨状に声を失った。地面は穴だらけで、どの穴の中心でもほとんど原型をとどめていない何かの残骸がメラメラと炎と黒い煙を噴き出していた。


「これが異世界の兵器の真の威力なのか…。」


 プラム王女は放心状態でつぶやいていた。助かった安堵感よりも、未知の技術に対する恐怖感が勝っているように俺には見えた。


 ひよりさんのすぐ後ろには無傷の新ヒヨコ丸が控えていた。


「ありがとう。桃寺さん、ヒヨコ丸。助かったよ。」


『ギリギリ間に合ってよかったよ。やっぱり、ひよりさんは最高の技術主任だね。』


「もっと褒めろよ。」


 ひよりさんは得意げに新ヒヨコ丸の側面装甲板を叩いていたが、なぜか急に頬を赤く染めて俺を見つめてきた。


「それに、あたしは婚約者を救っただけだしなあ。当然じゃね?」


「え? 婚約者? 誰が誰の?」


 なぜか俺の背後にいて見えないのに、プラム王女が険悪な顔つきになったような気がした。


「タケオ、どういうことだ? 我に説明してもらおうか。」


「僕にも説明してほしいニャ~ン?」


 ノーラが笑顔で両手から爪を出したのを見て、俺は身の安全を確保しようと頭をフル回転させた。


「桃寺さん、話をややこしくしないで頂けますか?」


「ややこしくも何もないだろ。タケオがあたしの将来を保証してくれるって言ったんじゃねーかよ。」


「え? そういう意味だったの?」


「他にどんな意味があんだよ。」


 俺は少しずつ後ずさりを始めたが、すばやくプラム王女に先回りをされてしまった。


「タケオ、我のカバンと短剣をよこせ。回収をご苦労であったな。」


「その短剣でなにをするのですか?」


「決まっておる。タケオという名の浮気者の舌を切りとってやろうと思ってな。」


「僕は短剣はなくても大丈夫ニャ~。」

 


 俺は全速力でその場を逃げ出した。



「またんかい! コラ!」




「プラムさんだって、パインさんのことを隠していたじゃないですか!」


「我はいいのだ! お主はゆるさん!」


「そんなムチャクチャな!」


 死の追いかけっこをしていると、パインの戦車がノロノロとこちらに寄って来た。ひどく損傷しているようだった。上のハッチからパインが顔を出した。


「タケオさん、手を貸しましょうか?」


「ありがとう、助かるよ。」


 俺は息があがり、もう走れなかった。


「ズルいぞ! タケオ! もう逃げないってあの時言ったはずだ!」


 さすがのプラム王女も走りすぎて息が苦しそうだった。パインが地面にスタッと降りてきた。


「プラム、落ち着きなさい。なるほど、どうやら私の出る幕は無さそうですね。王女を手に入れれば簡単に王位につけると思ったのですが。まあ、私はおとなしく身をひくことにしましょう。」


 パインは髪をいじりながらさびしげにフッと微笑んだが、プラム王女の飛び蹴りがパインの顔面に決まった。


「ぐえっ。」


「なにをノコノコ出てきてカッコつけとるんじゃ! 貴様はひっこんでおれ!」


 パインは地面で痙攣しながら俺に言った。


「ははは。タケオさん、こんなおとなしい子ですが、プラムのことをどうかお願いします。私は逃げたダークエルフ族を追います。」


 慌てて戦車デリバリーサービスのスタッフが降りてきて、パインを抱えて戦車に戻っていった。


 

 黒マントのダークエルフ族の一団はプラム王女の両親を連れて姿を消してしまっていた。そちらはパインに任せることにして、俺たちは新ヒヨコ丸に乗って国境の魔王軍陣地を目指すことにした。



『まだまだ集まってきてるよ。他の戦車派遣会社の戦車たちが。』


「広場でやっつけたのは一部だけだったのか。」


 ダークエルフ族が雇った戦車派遣会社の戦車が続々と現れてヒヨコ丸のレーダーに点々と映っていた。後部操縦席ではノーラが爆睡していた。

 メイン操縦席のひよりさんが頭の後ろで両手を組んで座席にもたれた。


「さすがに新ヒヨコ丸1輌だけじゃキツいぜ。どうするタケオ?」


 このままではナナが危ういが、助けに行けば皆も危険に巻き込むことになると俺は思った。


「皆は途中の村か街で降りてください。俺と新ヒヨコ丸で行きます。」


「タケオ…。」


 プラム王女とひよりさんの声が重なり、ふたりはにらみあった。が、ふたりともすぐに笑顔に変わった。


「タニマチナナに死なれては困る。あやつとの勝負の続きができなくなるからな。我もいっしょに行くぞ、タケオ。」


「あたしも行くよ。あんたらを新ヒヨコ丸の中でふたりきりにしたら、なにをおっぱじめるやらわかんねーからな。」


「ぼ、僕は降りるニャ~。にゃはっ。」


 いつのまにか起きたノーラがあくびをしながら言うと、プラム王女は満足げだった。


「これでライバルがひとり脱落だな。」


「プラムさん、桃寺さん、本当にありがとう。でも、危険ですよ。」


 ナナのハヌマンは旧型だし、圧倒的多数の敵を相手には厳しい戦いになると俺は覚悟した。


 プラム王女はじっと考えこんでいたが、決心したかのように言った。


「そのことだが。我に策がある。戦わずして、この争いをおさめられるやもしれぬ。」

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