第30話 ふたつの再会
「なんてことをしたのですか。」
俺はその告白の意味を悟ったが、ひよりさんは悪びれる感じでもなかった。
「だってさ、仕方ないじゃんか。脅されたんだし。」
「ダークエルフ族は、魔王と決裂するのですね。」
「ああ。他の戦車派遣会社の戦車をいくつも雇ってハヌマンを倒す気らしい。」
「ナナがあぶない。大変だ。」
俺は焦り、ひよりさんに再度深く頭を下げた。
「頼む、桃寺さん。俺に力を貸してください。王女の他にも助けたい人がいるんだ。」
「この浮気モンが。二兎を追うもの、だぜ?」
「そうではないんです。」
ひよりさんは呆れたように肩をすくめた。
「何が違うんだよ。タケオはプラム王女が好きなんだろ?」
「俺は、ただ救いたいんです。あの時、救えなかったから。」
瓦礫の山、何かが焼けるにおい、キャタピラの音、兵士の怒鳴り声、ぬいぐるみ。俺の脳裏に消せない記憶の断片が次々に現れては消えた。
俺は立っているのも苦しくなって床に這いつくばった。
「ど、どうしたんだよ、タケオ!?」
ひよりさんの声が遠いような気がして、その声は俺の頭の中で反響してフェイドアウトしていった。
俺の発射した対戦車ロケット弾は敵の戦車に命中した。敵戦車はたちまち大爆発を起こして業火に包まれ、周りにいたもの全てを巻き込んだ。
子どもも、ぬいぐるみも含めて。
吹き飛んだ敵戦車の砲塔が空中に舞い上がり、クルクル回りながら俺の方に落ちてきた。
次に気がついた時、俺は野戦病院にいた。
俺の顔と脚と心に、消せない傷が残った。
「頼む、桃寺さん。このとおりだ。ここで王女を救えなかったら、俺は一生後悔し続けるだろう。」
土下座をする俺を、ひよりさんはどんな表情で見ていたのだろうか。俺にはわからなかった。
「しかたねえなあ。わかったよ、わかった。だが、その代わりにな。」
「桃寺さん、ありがとう!! 代わりに、なに?」
俺は光が見えた気がして頭をあげた。
「あたしはもう、あんな社長の所には帰らない。この世界で楽しく気ままに暮らすのさ。だから、将来の保証がほしい。」
俺は安堵した。要するにお金と住む家と仕事だろうと思い、それなら王女を救いさえすればなんとかなるはずだった。
「わかった。それは約束する。」
「本当だな? 忘れるなよ。」
俺が強くうなずくと、ひよりさんはなぜか赤くなった。そして照れを隠すかのように、そばにあったノートパソコンにとびついた。
「AI中枢をヒヨコ丸改からヒヨコ丸本体に移し替えるぞ!」
「どのくらいかかる?」
「早くて1時間くらいかな。できる限り急ぐよ。」
俺は再び焦った。それでは公開処刑に間に合わないかもしれない。
俺は居ても立っても居られなくなった。
「桃寺さん、大木広場にはどうやって行けば良い?」
「タケオ、ひとりで行くつもりか? 早まるなよ。」
「教えてください!」
パソコンから顔をあげたひよりはため息をついて、部屋の一角を指差した。
「あのドアが昇降機だ。それでいちばん上に行け。作業が完了次第、ヒヨコ丸と後を追う。」
俺はひよりに礼を言うとそのドアに突撃した。
最上部に着くと、そこは木の上とは思えない広い空間だった。すし詰めの群衆が更に上段にある祭壇上の光景に釘付けになっていた。
俺は思わず声を出しそうになった。
縛られて、頭に布袋を被された3人の人物が座っていた。その後ろに巨大な斧槍を持った兵士が立っていた。端には真っ黒のロングマントに黒髪で長身、尖った耳の者たちがいた。ダークエルフ族にちがいなかった。
「通してください!」
俺は必死で群衆を押し退けて前に出ようとしたがあまりの人数に阻まれた。
布袋を被らされてはいるが、姿形からみて、祭壇上のひとりは間違いなくプラム王女だった。
「プラムさん! 大丈夫ですか! 俺です!」
俺は力の限り大声で何度も叫んだ。最初は無反応だったが、布袋が激しく動き始めた。彼女には聞こえているに違いなかった。
『これより、私利私欲の政で国民を苦しめた罪により、前王一族の処刑の儀をとりおこなう!』
眼鏡をかけた黒マントのひとりが丸めていた紙を広げて読み上げ、高らかに宣言した。群衆から割れんばかりの歓声があがり、広場全体が震えるかのようだった。
だが、ちらほらと異をとなえる者がいて騒ぎ始めた。
「プラム王女の処刑には反対!」
「プラム王女には恩赦を!」
黒マントが衛兵に指示をすると、あちらこちらで小競り合いが起き始めた。
俺はしめたと思い、拳銃を抜こうとして誰かに手首をつかまれた。
「ノーラさん!?」
「久しぶりニャ~。タケにゃん。」
ノーラは俺に頭をスリスリしてきた。
「ノーラさん! あなたのせいで王女は死刑になりかけてるんですよ!」
「わかってるニャ。」
ノーラの耳が寝て、尻尾は垂れ下がってしまった。
「僕の両親は前王に死刑にされたニャ。だから、復讐のつもりで引き受けたニャ。でも、王女は生かして傀儡にするって聞いていたニャ。まさか死刑なんてニャ…。」
「そうだったのですか…。」
俺はノーラよりも、立場の弱い者を利用しようとする連中に憤りを感じた。
「わかりました。とにかく、早く助けないと王女が危ないです。」
「もうちょい待つニャ。助けが現れるニャよ。」
俺は焦り、ノーラの手を振りほどいて上空に向けて銃を乱射した。あたりは騒然となり、何人かの衛兵がこちらに来ようとしたが逃げ惑う群衆に押し倒された。
群衆の一部が祭壇によじのぼり、衛兵や黒マントにタックルをした。祭壇上で格闘戦が起き始め、重装の兵士がわらわらと湧き出してきた。
俺はノーラの制止を聞かず、祭壇に向かって走り出した。王女は誰かに布袋を外してもらい、顔があらわになっていた。
「プラムさん!」
「タケオ! 来てくれたのか!」
俺は祭壇によじのぼり、王女めがけて走ったが、反対派の群衆は重装の兵に鎮圧され始めていた。
俺は王女にあと一歩のところで数名の衛兵に阻まれた。重い棍棒で激しく肩や胸を殴打され、息がつまり俺は床に這いつくばった。
「タケオ!」
王女の悲鳴が聞こえ、俺の頭めがけて鉄球付きの棍棒が振り下ろされた。
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