第27話 エルフの森林王都をめざして
『タケちゃん、大丈夫?』
俺は今にも吐きそうだったがあまり下を見ないようにして、翼の装着されたヒヨコ丸改に乗っていた。
「だ、大丈夫だ。」
『ほんとに大丈夫? 宙返りしようか?』
ヒヨコ丸改は明らかに面白がっていた。俺には眼下に広がる壮大な山々、平原、森林、河川の景色を楽しむ余裕はまったくなかった。
「しなくていい! あとどのくらいで着く?」
『5~6時間てとこかなあ。』
俺は顔面にあたる風を感じながら、ため息もつけなかった。
「え?」
俺がキョトンとするとナナはジト目になった。
「え、じゃないの。はるばるここまで探しに来たってことは王女をとるの? それともここを見て気が変わった?」
「俺はただ、親のせいであんな子どもが処刑されるのはおかしいと思うだけだ。」
「ふう〜ん、だから助けにいくんだ。」
ナナはなぜかニヤニヤしながらまた飲み物をひとくち飲んだ。
「あたしが訪ねた時は抜け殻みたいだったクセに。罪滅ぼしのつもりなの?」
「なんとでも言ってくれ。」
しばらく無言が続いて気まずくなったのか、魔王が口を開いた。
「あの…こういうのはどうかな。プラム王女救出はこの人に任せて、僕たちは予定通り人間の王国に侵攻しようよ。」
「なんだって? 谷町さん、君はいったいなにを考えているんだ。」
ナナは飲み物を飲み干すとおかわりを頼んだ。
「だから、言ったじゃない。この世界で力を示すの。タケオ、あたしはね…。」
ナナは激しく咳き込み、袖で口を拭くと話を再開した。
「戦車屋の仕事で魔王くんに会った。魔王くんは先代魔王だった父親が亡くなって途方に暮れていたの。」
「ちょうどその時、ダークエルフ族から申し出があったんだ。親戚のエルフ族の王がひどい政治で国民を苦しめているから、協力してクーデターを起こしてエルフ王国をのっとらないかって。」
ナナは魔王の肩に手を置いた。
「魔王くんは迷っていたけど、あたしが背中を押したの。王を倒してエルフの王国をのっとって、それを踏み台にして世界を制覇しようって。」
「うん。プラム王女だけは生かしておいて、傀儡政権にするつもりだったんだ。でもね…。」
謎の生き物が今度は皿に盛った何かを持ってきた。何かの干物だったが俺は食べないことにした。
「あたしのハヌマンの威力を見たダークエルフ族どもが、主導権を奪われるんじゃないかって疑心暗鬼になっちゃってさ。」
ナナは平気で干物をムシャムシャ食べ始めた。俺が少しだけ飲み物を飲んでみると甘酒みたいな味がした。
「そうだったのか。それでダークエルフ族はノーラを使ってプラムさんとひよりさんとヒヨコ丸の本体まで奪ったのか。」
「ヒヨちゃんまで盗られちゃったんだ。あははは。」
ナナは豪快に笑うと立ち上がった。
「じゃ、魔王くんの案を採用だね。タケオは王女さんを救いに行って来てよ。チビちゃんを連れてさ。」
ちょっとコンビニまで買い物に行けと言うくらいの気軽さでナナは俺に命令した。
「あたし達はこれから忙しくなるから。」
「人間の王国に攻め込むのか!?」
魔王も立ち上がり、ナナと俺の間に割って入った。
「うん。今なら人間族の王国は油断しているからね。非人間族は内輪もめの真っ最中でまさか攻めてくるとは思ってないからね。」
「ナナ、こんな子どもを焚きつけて、人間社会への復讐のつもりか? この世界の人間には罪はないだろう。」
「罪の無い人間なんていないわ。」
ナナはめちゃくちゃな理論を吐き、考えを改める気配はなさそうだった。
魔王はテーブルに近づいて俺を手招きした。
「言っておくけど、僕は子どもじゃないからね。」
俺は違和感しかなかったが、頷いて年齢は聞かないことにした。
「プラム王女はエルフ族の王国の森林王都にある森林城に幽閉されているよ。」
魔王が何か操作すると、テーブルの上に盤面が現れて立体の地形が映し出された。俺は身を乗り出した。
「これは…!? とても地上からは行けない。いったいどうすればいいんだ?」
森林王都も森林城も巨大な木々の上にあった。まるで森自体が街であり城であるかのような構造だった。
ナナが俺にウインクをした。
「いいものがあるよ。貸してあげる。」
遠くに点々と灯りが見えてきた。
『あれがエルフ王国の王都だね。』
「やっと着いたのか。」
飛行ユニットを装着したヒヨコ丸改は、街の灯を目指していくのかと思いきや大きく旋回した。
「ヒヨコ丸改、どこへ行くんだ?」
『真正面から行ったらすぐ見つかっちゃうよ。』
俺たちが飛んでいると、他にも沢山の飛行物体が確認できた。怪鳥の背に乗る者や気球に乗る者、カーペットや木製の船に乗っている者もいた。
『魔王くんの言ってた通りだね。交易商人や旅人に紛れたら良いって。』
「いいぞ。うまくいきそうだ。」
俺とヒヨコ丸改は徐々に王都に接近していった。
ヒヨコ丸改を檻から出して、作業場で飛行用のユニットを装着していると肩を叩かれた。
「作業は順調?」
「うん。ありがとう、ナナ。」
ナナは俺に腕時計を差し出した。
「これ、返しておくわ。」
「ありがとう。」
「勘違いしないで。プラム王女に死なれたら困るだけだから。薄幸の王女様を助けて世界を制覇するっていう大義名分がいるだけだからね。」
俺は額の汗を拭い、工具を地面に置いた。
「ナナ、ハヌマンは今どこにいるんだ?」
「侵攻に備えて国境に潜ませてるわ。」
「そうか。その人間の王国への侵攻の事なんだけど。」
「なに? やめろって言っても無駄よ。」
「せめてプラム王女を救出するまで待っていてくれないか。王女の意見も聞いてほしいんだ。」
ナナは腕組みをして考えていたが、しばらくしてから渋々頷いた。
「わかったわ。」
「俺が戻らなかったら、その時は好きにしたらいい。」
「当然そうするわ。ま、この程度の任務も完遂できない人とは組みたくも無いし。」
ナナは腕組みを解くと立ち去ろうとして振り返った。
「タケオ、気をつけて。必ず帰ってきて。」
「うん。わかった。」
ナナは微笑み、そして作業場から離れていった。少しうつむきながら、肩が震えているように見えた。
後になって俺は、なぜこの時に気づかなかったのかと悔やむことになるのだった。
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