第26話 魔王軍前線基地

「まさかいきなり遭遇するとはな。」



 俺は木の枝にまたがり、双眼鏡で前方を注意深く観察していた。街道からかなり外れた森林の中、外側の木は残して中のほうは残らず切り倒されていた。


 森林内に無理やり作られた空き地には黒い天幕があちこちに張られており、奇妙な形の鉾や鎧を装備した兵士が歩き回っていた。


 双眼鏡の倍率をあげて兵士を拡大すると人間の兵はひとりもおらず、牙や角や尻尾があり口が裂けていて鼻や耳の形状も人間とは異なっていた。


「モンスター兵だ。まちがいない、ここは魔王軍の陣地だ。でも、こんな国境近くにどうしてだ?」


 沢の水を汲もうと街道から外れた俺は、モンスター兵士が水場にいることに気づいて慌てて身を隠し、跡をつけてここにたどり着いたのだった。


 ナナとハヌマンは魔王とダークエルフ族の連合軍に加担している。

 モンスターの親玉であり、ダークエルフ族と結託してエルフ王国を乗っ取った魔王とはいったいどんな奴なのだろう?



 俺は疑問だらけだったが、とにかくまずは最大の目標に集中しようと決めた。

 王女とひよりさんはこの陣地の中で囚われているかもしれない。俺は双眼鏡でハヌマンがいないことを確認し、いちばん大きな中央の天幕に注目した。


 陣内をうろつきまわる兵士に見つからずに天幕まで近づくのは不可能に思えた。

 俺が木から降りて下生えに身を潜め、考えあぐねているとすぐそばに何かの気配を感じた。


『僕なら行けるよ。』


「ヒヨコ丸改じゃないか! どうしてここに!?」


 森林迷彩柄になったヒヨコ丸改がそこにいた。俺は目を丸くしたが、その砲塔に抱きついた。


「来てくれたんだ! ありがとう!」


『うん。王女に花飾りのお礼を言えてなかったから。』


「プラムさんを助け出すところまででいいから、頼む。」


『わかった。』


 ヒヨコ丸改の車体がぼやけ、見えなくなった。


『僕だって光学迷彩くらいできるもんね。』


 ヒヨコ丸改はタイミングを見計らい、魔王軍陣地に侵入していった。俺は再び木に登り双眼鏡をのぞいた。


「姿は隠せても音は消せない。用心しろよ。」


『了解。』

 



 ヒヨコ丸改は慎重に進んでいるらしく、だいぶ時間が経ってから大天幕に到着の報が入った。


『中から話し声がするよ。』


「音声を俺にも送ってくれ。」


『了解。』


 俺の手首の腕時計から会話する声が聞こえてきた。



『何度も言うけど、話が違うじゃない! どうなってんのよ、魔王くん?』


 

 俺はその声を聞いて身を固くした。なんだかすごく怒っているナナの声だった。


(魔王くん?)


 俺はとりあえず耳を傾けた。



『そんなに怒らないでよ、ナナさん。こわいなあ。だって、仕方ないんだよ。』


『なにが仕方ないのよ! 王女とタケオとヒヨコ丸は魔王軍の陣営でひきとるはずだったじゃない!』


『だから、あの王女の拉致はダークエルフ族の長老たちが企んだんだよ。』



 ナナの相手の声はどう考えても小学生くらいの子どものものだった。



『なめられてんじゃない! 魔王くんがしっかりしないからでしょ!』


『だって、ダークエルフ族ってさ、やたら弓がうまいし変な魔法も使うし、おっかないんだもん。パパみたいにはできないよ。』


『あたしとダークエルフ族、どっちがこわいの!』


『ナナさんかな?』



「なんだこの会話は? 敵も内部でもめているのか? とにかく、ここにはプラムさんはいないのか?」


 俺は落胆したが、もう少し会話を聞いてみることにした。



『仕方ないなあ。じゃ、プラム王女と技術者はあたしが奪い返しにいくから。』


『ええーっ!? ダークエルフ族を敵にまわすの!? それはやめておこうよ。』


『魔王くん、覚えてる? 戦車屋のチラシを見てあたしを呼んだ時、言ったよね? 世界を手に入れて、今までさんざん虐げらてきたモンスターたちのために楽園を作るって。そう誓ったよね?』


『そりゃそう言ったけど…。誰だ!』


 

 腕時計からキャタピラ音や怒声、何かを叩く音が聞こえてきた。俺は慌てて木から降りたが、誰かに後頭部を殴られて意識が途絶えた。




「タケオ、大丈夫?」


 俺は後頭部に何かやわらかい感触がして目を覚ました。真上からナナが心配そうに覗きこんでいた。

 俺はその感触はひざまくらだと気づき、飛び起きた。


「なんだ、元気そうじゃん。」


「ナナ! いや、谷町さん、ここは?」


 俺がナナに目をやると、怯えた顔の子供がナナの背中に隠れるようにして俺を見ていた。


「魔王くんの本陣だよ。タケオ、来ちゃったんだね。」


「ナナさん、この人間ってナナさんの恋人?」


 俺は改めて魔王と呼ばれている者を見た。黒いコートに尖った耳、白目部分が無い黒い瞳以外はどう見ても、小学校低学年の子どもにしか見えなかった。


「あたしはそう思ってんのに、タケオはね?」


 ナナがクスクス笑うと魔王は明らかに落胆した顔をした。


「ナナさん、趣味わるッ。僕の方がはるかにナナさんにふさわしいのに。」


 魔王は俺を呪うようににらんできたが、俺はそれどころではなかった。


「谷町さん、そんなことより教えてくれ。君たちは内部分裂してるのか?」


「聞かれちゃったか。あ、話の前に、ヒヨちゃんは無事だから。檻にいれておいたわ。」


 俺の手首の腕時計はなくなっていた。



 俺はナナに促されて天幕内の中央にある座布団に移動した。ナナと魔王も来て車座になった。

 見たこともない、翼のある小さな生き物が寄ってきて、なにか飲み物の入った器をくれた。


「話の前に、聞きたいんだけど。」


 ナナは器からひとくち飲むと俺のほうに向き直った。


「なにを?」


「結局タケオはさ、あたしとプラム王女のどっちを選ぶの?」

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