第25話 ヒヨコ丸改の告白


「号外! 号外だよ!」


 新聞屋さんが走り去った後に街の人が群がり、争って地面に落ちた号外を奪いあっていた。


 俺は足下の一枚を拾い、読もうとしたが全く異世界の文字はわからなかった。

 だが、描かれている絵だけはわかった。プラム王女の肖像画だった。


「すみません、なんと書いてあるのですか?」


「なんじゃお前さん、文字が読めんのかね。」


 そばにいた年配の人物が呆れた様子を見せつつも、俺に教えてくれた。


「エルフ族の王国で反乱発生、王族の公開処刑日が発表された、とあるぞ。おそろしい話じゃのう。」


「王女のことはなんて書いてますか!?」


「行方不明だったが、最近捕らえられたとある。かわいそうにのう。わしら人間の王様は一切干渉せずの方針だそうじゃ。」


「そうですか…。」


「反乱には魔王も加担しとるという噂じゃぞ。こりゃ異種族同士の内輪もめじゃな。人間族としては不干渉がただしいわい。」


 俺は礼を言い、その場を離れた。




 ここは国境の小さな人間族の街だった。人間族の王都を発った俺は、エルフの王国を目指して急いでいた。


 連れはおらず、俺ひとりだった。


 俺はヒヨコ丸改と最後にかわした会話を思い出した。




「黙ってないでなんとか言えよ!」


『僕にあたらないでよ。』


「人の命がかかってるんだぞ!」


 ヒヨコ丸は俺から逸らすように、砲塔を夕陽に向け直した。


『エルフだからしょせん人じゃないし、ここは異世界だし。そもそも、僕たちが関わること自体がまちがいなんだよ。』


「それは…そうかもしれない。でも…。」


『タケオだって、最初はお金が目当てだったくせにさ。まさか本気でプラム王女が好きになったの?』



 俺はいちばん痛いところを指摘されて黙りこんでしまった。少しずつ夕陽が沈んでいき、ヒヨコ丸改はライトを点けた。


「機械のくせに、好きとか嫌いとかわかるのか?」


『じゃあ、人間ならわかるの? わかりたくもないよ。タケオを見てるとさ。』


 俺はヒヨコ丸改に近づいていき、地面に頭をつけて土下座をした。


「頼む、この通りだ! プラムさんとひよりさんを助けに行く。力を貸してくれ。修理中のヒヨコ丸本体もノーラに盗られてしまったんだ。」


『やだ。』


「いったいどうして?」


 頭を上げて問いかけた俺に、夕陽がもうほとんど沈みかけているのが見えた。


『僕、もう戦いたくないって言ったじゃないか! こわいんだよ! ハヌマン先輩には絶対に勝てないよ! だって、僕は…。』


「君は…?」


『僕、戦闘用のAIじゃないんだ!』


 俺はヒヨコ丸改の告白に絶句してしまった。


「な、なんだって?」


『僕、本当は小中学校向けの教職員支援用のAIなんだ。』


「あのドラヤキ社長め!」



 俺ははらわたが煮えくりかえったが、ヒヨコ丸改のせいでは無いと思い直した。


『ノーラさんは僕の悩みをいろいろ聞いてくれて、僕はもう戦いたくない、って言ったら戦わなくてすむ方法があるって教えてくれたんだ。」


「ノーラがプラムさんとひよりさんを誘拐するのを邪魔せずに黙って見ておけと言われたんだな?」


『うん…。』


「ヒヨコ丸改、他にも知っていることを全て話してくれないか。」


『わかった。』


 ヒヨコ丸改の話は、俺を驚愕させるには十分な内容だった。



 近未来、果てしない大国家間の軍拡競争が続き、終わりが無いように見えた。新型の兵器が次々と開発され、遂には戦車に戦闘用人工知能が搭載された。

 これで、最少の乗員でほぼ全てを戦車自身が判断して動き、最大の戦果をあげることが可能になった。




『で、最初はとぶように売れたらしいよ。』


「待ってくれ、じゃ、君たちは…未来から来たのか!?」




 ところが、人類の尻に火がついた。水不足と食料不足だ。農薬と化学肥料に頼りきった農業が限界を迎え、作物病害に大災害も加わり、環境破壊で水資源も枯渇し、ある年から全く農産物がとれなくなった。


 水や食料を奪い合う戦争が局地的に起こったが、すぐに終わった。


 どの国も食べ物が底をつき、本当に戦争どころではなくなったからである。

 こうして世界からは戦争が消え、代わりにあらゆる国家は農業研究にあけくれた。


 


『兵器産業の株価は暴落して、街には失業者があふれたんだって。』


「じゃ、あの社長の正体は…!?」

 


 あまりまくった戦車などの兵器をお金に変える手段はないか?

 農機に転用する会社もあったらしい。だが、ある人物が考えた。

 兵器を必要としている異世界を探せば良い、と。

 生き残りに必死な兵器産業が一丸となり、異世界への転移方法が本気で研究された。


  


『で、株式会社戦車屋ができたわけ。』


「そんな理由だったのか。なんて奴らだ!」


『まずは戦車派遣で様子をみて、ゆくゆくは異世界へ本格的に兵器を輸出する考えらしいよ。』


「わざわざ未来から来た理由は?」


『未来じゃ戦車屋なんて職業に誰も応募しないから、事情を知らない奴を従業員として雇うためって言ってたよ。』

 



 あの社長は、己の利益のために異世界の争いに介入して荒稼ぎしようとしていたのだ。

 俺は憤りを感じたが、生活の為にあやしいチラシに釣られた身としては偉そうなことは言えなかった。




『あの車体は最新型だけど、社長がケチってAIならなんでもいいからって僕を戦車に搭載したんだ。』


「話してくれてありがとう、ヒヨコ丸改。いずれにしても、俺は自分の意志で関わってしまった。プラムさんとひよりさんを助けに行くことに変わりはない。一緒に来てくれないか?」


 ヒヨコ丸改はしばらく考えているように見えたが、砲塔を左右に振った。


「そうか。わかった。今まですまなかったな。」


 俺はヒヨコ丸改にそっと触れると、背を向けて去ろうとした。


「その花飾りは?」


『プラムさんがくれたんだ。日頃の感謝だって。』


「そうか。王女らしいな。よく似合ってるよ。」


 ヒヨコ丸改は無言でじっと佇んでいた。



 俺は事務所でこよみと相談し、装備を整えてから翌朝早くに王都を発った。



 俺の手にはプラム王女が大切に持っていたカバンと短剣があった。王女の部屋にあったものだった。

 俺は、必ず彼女に再会して救い出し、このカバンと短剣を渡そうと心に決めた。



 俺は国境の街を出て、エルフ族の王国を目指して歩き始めた。

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