第24話 つかの間の平和

「ふわあ…。」


 久々の平和なひとときだった。


 株式会社戦車屋の事務所で俺は大あくびをしてから給茶器を操作して、熱い緑茶の入った湯呑みを俺とこよみの前に置いた。


「ありがとう、梅松さん。おせんべいも食べます?」


「ありがとう。」


 こうしていると、ここが異世界という事を忘れそうだった。俺と王女は宿代がもったいないので事務所の仮眠室で寝泊まりしていた。

(もちろん部屋は別々だ。)


「我もたべる!」


 王女が珍しそうに海苔のついたおせんべいを手にとり、バリバリと食べはじめた。


「オセンベイ、おいしい!」


「たくさんあるからどうぞ。」


 こよみは微笑み、俺は冷蔵庫を開けて王女にはオレンジジュースを出した。


「はやくひよりさんにヒヨコ丸ちゃんを修理してほしいですねえ。じゃないと元の世界に帰れないですう。買い出しにも行きたいし。」


「本社の機械から異世界には一方通行なのですね。」


「そうなんですう。社長が予算をケチって…。」


「俺、ひよりさんに修理の様子を聞いてきます。」


 俺は紙コップのコーヒーを持って、ひよりの作業しているブースに行った。



「桃寺さん、進み具合はどうですか?」


「おっ。気がきくじゃねーか。」


 ひよりは珍しく上機嫌で、紙コップを受け取った。

 

「順調だ。今、ヒヨコ丸の本体がこっちに向かって来ている。到着すりゃ修理できるぜ。」


「どのくらいで着きますか?」


「どらどら。」


 ひよりはパソコンの画面を見てから俺を手まねきした。


「どうしました?」


「わるい。もう来てるわ。」


 衝撃音と共に軽い振動を感じ、外が騒がしくなる気配がした。事務所のドアがガンガン叩かれたので通路に出ると、あのそうじをしていた年配の神官が激怒りだった。


「あの動物はお前さんのか!? 早くなんとかしてくれ!」



 俺が外に出ると、久々に見た戦車ヒヨコ丸本体の巨大な車体が大聖堂の柱に激突して静止していた。

 ノロノロ出てきたひよりは大笑いした。


「ははは、こりゃひどくやられたな。直しがいがあるわ。」


「なにをのんきな! それに…。」


 俺はひよりに詰めよった。


「桃寺さん、まだ約束を守ってもらっていません。あなた達の正体とかを早く話してください。」


「焦んなよ。修理が終わったらぜんぶ話してやるよ。」


 ひよりは腕まくりをして軍手をはめると、工具箱を置いて作業を始めようとした。


「あニャ~!? なんの騒ぎニャ!?」


 ノーラ がひょっこりやってきて、ヒヨコ丸を見て腰を抜かして驚いた。


 ノーラはもうここには用はないはずだったが、なぜかちょこちょこ顔を見せていた。

 ヒヨコ丸改とこよみに続いて、せんべいを食べながら王女も中から出てきた。年配の神官はまだ激怒状態だった。


「ここで作業をするなら、衛兵隊の詰所で許可をとってきてくれ!」


「わりいな、タケオ。行ってきてくれよ。手が離せねえから。」


「わかりました。」


 王女が俺と一緒に来たそうな顔をしたが、ノーラがひきとめた。


「いっぱいお菓子とケーキを買ってきたニャ! みんなで食べようニャ!」



 マルゲルダ・ファミリー逮捕の賞金でノーラは羽振りが良さそうだった。皆は歓声をあげて事務所に戻っていった。



 王女が振り向いて俺に手を振った。


「タケオの分も残しておく! ノーラはいいやつだな。」


「お願いします。そうですね。」


 俺は手をふり返し、衛兵隊詰所に向かった。



 ヒヨコ丸本体は街であちこちぶつかりながら大聖堂までたどり着いたらしく、俺は詰所で衛兵隊長にこってり絞られた。


 街の修復工事代金の請求書の束を持って、俺がウンザリしながら事務所に帰った時にはもう夕方になっていた。


 なぜか大聖堂敷地のヒヨコ丸本体が見当たらず、事務所は静まりかえっていた。


「あれ? みんなは?」


 俺は嫌な予感がして、工具を手にすると慎重に事務所の扉を開けて中に入った。

 中はどの部屋にも誰もおらず、無人だった。

 会議室のテーブルにはカップや皿が出たままだった。


(ガタン!)


 中からもの音がして、俺は工具を振りかざしながらロッカーのドアをあけた。


「君は!?」


 中にはロープでぐるぐる巻きにされ、口には布を巻かれた小学校低学年くらいに見える知らない子どもがいた。

 俺が布を取ると、子どもが叫んだ。


「梅松さん! 大変ですう! 王女さんとひよりさんが!」


「ちょっと待って、君は誰?」


 俺はロープをほどきながらの質問し、子どもは再び叫んだ。


「わたし、こよみですう! 鳴砂こよみ! わかりませんか?」


 よく見ると確かにその子どもにはこよみの面影があった。俺はふと思いついて愕然とした。


「まさか、あの魔法薬を!?」


「そうなんですう、あの猫さん、ノーラさんが!」



 俺はこよみを落ち着かせると、椅子に座って一から話を聞いた。

 あれから皆で菓子を食べていて、ノーラが用意した飲み物を飲んだ途端にこよみは子どもになってしまったらしい。


「プラムさんとひよりさんは?」


「ひよりさんは幼児になって、王女さんは赤ちゃんになってしまったです。ノーラさんは私をしばって、ふたりを抱いて連れ去りました。」


 俺は最後にかわした王女との会話を思い出して、激しく後悔して頭を抱え込んだ。助けてくれたはずのノーラが裏切るなんて、予想だにできなかった。


「ひよりさんって、こよりさんより若かったんだ。」


「そこ、問題からずれてますう!」


「社長はなんて?」


「それが…ノーラさんが通信機をめちゃくちゃに壊してしまったです。」


 俺はどうすべきか必死で考えた。衛兵隊に通報してもどうにもならない。


「あ! そういえばヒヨコ丸改は? 助けてくれなかったのですか?」


「それが…。」




 大聖堂裏手の高台で、ヒヨコ丸は夕陽を見ていた(ように見えた。)

 俺が近づくと、砲塔がこちらを向いた。

 砲塔の上には、花で編んだ飾りがかけられていた。


『来ると思ったよ。』


「どうしてなんだ?」


 俺はヒヨコ丸改を問い詰めた。


「お前は知っていたんだな。ノーラがダークエルフ族の手先だって。プラムさんの敵じゃないか! なぜだ? なぜ奴らに手を貸したんだ?」

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