第23話 食事相手の正体

 俺は相手のまぶしさに目がくらみ、メニュー表を拾うと自分を隠すように盾にした。


「あ、あの…どちら様ですか?」


「私が誰かが、そんなに重要かしら?」


 相手は両手であごを支えながら首をかしげた。


「それよりも、今夜ここで貴方と私が出会ったことの方が重要じゃなくて?」


「はは…。」


 俺はさぞマヌケな顔で対応していたに違いないが、相手は勝手に店員を呼ぶと色々と注文し始めた。


「あ、すみません、お金がそんなになくて…。」


「そう。ではどうやって支払って頂こうかしら。」


 謎の相手はあやしく微笑み、なんだか俺は一方的に弄ばれているような気がした。質問が山ほどあったが、飲み物が運ばれてきた。

 どうやらスパークリングワインらしかった。


「なんて冗談。私がぜんぶもつわ。」


「え、いや、それは…。」


「では。乾杯。」


「か、乾杯。」


 何に乾杯するのだろう? と俺は思ったが、目の前の光景に目を疑った。

 相手がグラスを傾けていっきに飲み干したからだ。


「おかわり!」


「だ、大丈夫ですか?」


「炭酸もお酒もはじめてなの。美味しいものね。」


 たった一杯だが相手の透き通るような肌が赤みを帯び、美しさと妖しさに磨きがかかった。俺はあまり飲まずに探りを入れた。


「前にどこかでお会いしましたっけ?」


「やだ、私を口説くおつもり?」


 はぐらかされた時にオードブルが運ばれてきて、次にスープが運ばれてきた。

 美味しいはずだったが、俺はそれどころではなくて全く味がしなかった。


 沈黙に耐えかねた俺はむりやり質問を考えた。


「こ、この街にお住まいですか?」


「さあ。どう思う?」


 クスクス笑いながらグラスを傾ける相手に、俺は見とれるしかなかった。


「ねえ、もっとなにか話して。」


「ええと、何を話しましょう。」


「そうね…その顔の傷の話とか。」


 俺はどこまで話すべきか迷って、曖昧に表現した。


「これは…俺の罪の痕なんです。」


「どんな罪なの?」


「思い出したくありません。」


 相手はすこし悲しげな目をしたが、またいっきにグラスをあけた。


「おかわり!」


「ち、ちょっと。大丈夫ですか?」


「なにが?」


 相手は微妙に苛立っているように見えた。何かまずいことを言ったかと俺は後悔したが、相手はスープを飲んで顔をしかめた。


「熱ッ。」


「だ、大丈夫ですか?」


「私、猫舌なの。」


 似た状況を俺は過去に経験した気がしたが、頭がまわらずに思い出せなかった。

 相手はナプキンで口をふきながら俺に向き直った。


「ひとつ言っていい?」


「な、なにをですか?」


「思い出したくないって言うくせにさ。」


「え?」


「傷を見るたびに思い出してるのでしょう。」


 俺は痛いところを突かれ、食べる手をとめて反撃をこころみた。


「初対面の貴方に何がわかるんですか?」


「わかるわよ。」


 相手は三杯目のグラスを空にした。


「ボトルでお願い!」


「ち、ちょっと。いい加減にしないと。」


「うるさい!」


「へ?」


 ちょうど、魚料理が運ばれてきた。周りのテーブルも興味津々で俺たちの会話に聞き耳を立てているようだった。


「もう我慢できないから言わせてもらうわ。過去に何があったか知らないけどさ、なにを悲劇の主人公ぶってんのよ。」


「え?」


「それに、どうせ本当はあいつに未練タラタラなんでしょ。」


「は?」


 俺はすっかり食欲をなくしてフォークを置いた。


「は、じゃないの。目の前の未来を見なさいよ。あなたは自分をわかっていない。あなたは素晴らしい人、私にはわかる。なのに、あいつはあなたの過去をたてに、あなたを利用しようとしているだけ。なぜわからないの?」


「あ…いや…その…。」


 俺はようやく、相手の正体がわかった。あまりの迂闊さに自分を殴りたい心境だった。

 俺は席を立とうとした。

 相手はボトルでラッパのみをした。


「やめろって、プラムさん。」


「やめないわ! タケオ、座れ。誰が帰っていいって言った!」


 俺は渋々、また席についた。


「おぬしらも、いつまで盗み聞きしとるんじゃ!」


 周りの客が慌てて一斉に食事を再開した。


「プラムさん、もう事務所に帰りましょう。」


「そうやってすぐ逃げるだろ、タケオは。残念でした、今夜はにがさない。」


 俺は絶望的な気分になって水を口にした。置いて帰るわけにはいかないし、かと言ってこのままだとまずい展開になりそうだった。


「そうやって何でも曖昧にするからこうなるのだ。自業自得だ。」


「やめてください…。」


 俺は耳を塞ぎたかったが、向き合うしかなかった。


「あいつ、タニマチナナの気持ちもすこしはわかる。タケオは奴に誠実に向き合わなかった。その結果が今だ。違うか?」


「そ、そうかもしれませんが…。」


 王女は暑いのかドレスの前をパタパタさせた。俺は慌てて目を伏せた。


「帰って話しましょうよ。」


「いや、すぐそこに宿をとった。お互いに納得するまで、朝まで話し合おうではないか、タケオ。」


「プラムさん、いいかげんにしてください。」


「いいかげんにするのはタケオだ!」



 王女はテーブルをどん!と叩き、グラスが落ちて割れた。反射的に俺はテーブルの下を見てしまった。


 異世界一、いや、宇宙一の脚がそこにあった。つい見とれてしまった俺が首を振りながら身を起こすと、王女が俺と同じ席に無理矢理座ってきた。


「プ、プラムさん!」


「脚だけでよいのか? タケオ、ぜんぶ見たくはないか?」


 肉料理が運ばれてきたが、店員は逃げ帰ってしまった。俺が抵抗しようとした時、王女の体がすこし小さくなっている事に気づいた。


「プラムさん?」


「あれ? なんだか我は…。」


 王女はみるみる小さくなり、俺が知っている姿に戻ってしまった。俺は慌てて王女を支えて水を飲ませた。


「しっかりしてください!」


「なんだか気持ち悪い…。」



 あとは食事中の方のために省略しようと思う。




「水、まだありますよ?」


「うん…。」


 食べたものを全てなかったことにした王女をおんぶしながら、俺は大聖堂の事務所へと夜道を歩んでいた。

 

「なんて無茶を。あんな怪しい薬、なにかあったらどうするのですか。こっそり水筒に取っていたなんて。」


「街の魔法使いに調べさせたから大丈夫だ。」


「でも、後で没収しますからね。」


「うん。」


 俺は王女がずり落ちそうになったので背負い直した。歩き続けていると王女が俺の背中に顔をくっつけた感覚がした。


「タケオ…。」


「はい?」


「我のこと、嫌いになったか?」


「なりませんよ。」


 俺は王女を安心させようと笑い、本心を明かした。


「嫌いどころか、俺は嬉しかったです。プラムさんが身の危険をおかしてまで、俺をいさめてくれたことを。」


「タケオ…。」


「俺、きちんと過去と向き合います。もう逃げません。」


「そうか…よかった。タケオの背中…あたたかい…。」


 王女は寝てしまったようだった。



 俺は歩きながら、決意を新たにしていたのだが、このあとまた、とんでもない事態が待っていた。

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