第22話 赤い樽と青い樽
「まさかこれほど手際が良いとはねえ。」
いつのまにか、俺たちの背後にはマルゲルダ・ファミリーの親分と子分たちが勢ぞろいしていた。
「ヒヨコ丸改! なんで接近に気づかなかった!」
『え? だって、味方でしょ?』
「とにかく早く撃て!」
『残弾ゼロでーす。』
俺は頭を抱えたが、親分は腹を抱えて笑った。
「あんたたち、子分にしたいくらいだけどねえ。特にタケオはあたいの側にはべらせたいねえ。」
王女が短剣を抜こうとしたが、子分たちが一斉に弓矢を構えて俺たちに狙いを定めた。俺は王女に首をふると、両手を挙げた。
「悪いが犯罪組織には入らない。俺はいいから、プラムさんは見逃してくれ。」
「タケオ…。」
『ボクもみのがしてほしいなあ。』
「おまえなあ…。」
親分は舌なめずりしながらニヤニヤしていたが、ゆっくりと俺に近づいてきた。
「あんた、ずいぶんとそのガキにいれこんでるんだねえ。でも、これを見られちまったからね、仕方ないねえ。」
「ただの色のついた樽ではないか。」
王女の指摘を聞いて俺がよく見ると、樽は赤い樽と青い樽が交互に並んでいた。
「ふふ。こいつはね、禁止薬物だが金の成る木さ。ダイアボラ・ファミリーが独占販売してやがったのさ。」
親分が馬車に近づき、赤い樽のふたをあけた。中に入っていた透明の液体を、親分は道端にいたカエルを捕まえて無理やり飲ませた。
カエルは体をビクビクさせたと思ったら、みるみる縮んでおたまじゃくしになった。
子分のひとりが慌てておたまじゃくしを拾い上げ、沼に離した。
「それはもしかして…?」
「そう。これはね、若返りの魔法薬さ。青い樽のは老いる魔法薬さね。」
王女の目が樽に釘づけになった。俺は驚いて興味本位で聞いた。
「それがあれば不老不死になれるのか?」
「いや、そこまでの効力はないね。人間なら赤い樽のはひとくち飲めば10歳若返るが、半日くらいで元に戻っちまうね。青い樽のはその逆だね。」
俺は少しがっかりした。
「中途半端な薬だな。何に使うんだ?」
「金持ち連中が色々とね、わかるだろ。いろんな趣味のやつがいるからさ。」
親分はニヤニヤした。王女が不思議そうな顔をしたが、俺はあえて解説しないことにした。
「さ、珍しいものも見れたしもういいだろ。お前ら、やっちまいな!」
弓矢を構えた子分たちが進み出てきた。俺は王女をかばうように立ち、王女は俺の背にしがみついた。
「プラムさん、矢は俺が受けますからなんとか隙をついて逃げてください。」
「イヤだ! タケオ!」
俺は観念して目を閉じたが、一向に痛みを感じなかった。おかしいと思い目を開けると、マルゲルダの子分たちは全員地面に倒れていた。
「誰だい、あんたは!」
マルゲルダ親分が怒り狂って叫んだ相手はノーラだった。ノーラは格好をつけて片膝をついてポーズをつけていたが、スッと立ち上がった。
「正義の味方! 怪盗ノーラ、参上ニャ~。にゃはっ。」
「ノーラさん!?」
ノーラはいつも通り不真面目な態度だったが、俺たちには救いの神だった。
「猫の分際でふざけんじゃないよ! やっちまいな!」
親分は残った子分に号令をだしたが、ノーラは不敵に笑うだけだった。
「まわりをよく見てみるニャ~。」
俺が周囲を観察すると、鎧兜と長槍で武装した兵士たちが茂みのあちこちに潜んでいた。
「王国の衛兵隊に通報したニャ!」
親分は怒りに体をふるわせていたが、観念して白旗をあげた。
「あ~っ、シャバの空気はうまいねー。」
白衣に着替えたひよりは留置所から出ると思いきり伸びをして自分の肩を叩いていた。
「さあて、飲みに行くか。タケオくん。」
俺を無理やりひっぱり、腕を組もうとするひよりのお尻を王女が蹴った。
「いてッ! このガキ、客だからってゆるさねーぞ!」
「まずは礼だろうが。この愚か者が。」
ひよりは王女をにらみながらお尻をさすっていたが、俺たちに渋々頭を下げた。
「ありがとう。」
「それに、酒を飲む時間などない。早くヒヨコ丸殿を直してほしい。」
「わかった、わかったよ。ったく、王族てな人使いが荒いな。」
俺たちは大聖堂の事務所を目指して歩き始めた。
マルゲルダ・ファミリーは違法薬物を販売しようとした罪で全員投獄された。ノーラは俺たちの跡をつけて会話も盗み聞きしていたらしい。
「いったいいつの間に!?」
「大怪盗ノーラに不可能はないニャ!」
ノーラは俺と王女の肩に手を置いた。
「ふたりとも無事でよかったニャ! あんなならず者は信じちゃダメニャよ?」
「ありがとう、ノーラさん。」
「今までお主を信用せずにすまなかった。ゆるせ。」
「にゃはっ。」
押収された樽の魔法薬は全て衛兵隊が廃棄した。(沼にどぼどぼ捨てていたのには呆れたが。)こうして、この一件はカタがついたと思っていたのだが…。
珍しくひよりは真剣な顔でノートパソコンに向かい、夢中で作業をしていた。ノーラはいつのまにいなくなり、王女も人に会うと言って出かけてしまった。
「ひよりさん、それは何を?」
「気が散るから話しかけるな。ヒヨコ丸本体を遠隔操作してんだ。」
「えっ!? まさかここまで呼ぶのですか?」
「当たり前だろ。わざわざお前らが隠した洞窟なんて行けるかよ。」
俺は未知のテクノロジーを感じてますますひより達の正体を疑ったが、事務員のこよみが俺に耳打ちした。
(ひよりさん、作業中は機嫌が悪いからタケオさんは気にせずに食事に行ってきてくださいね。私が見てますから大丈夫です。)
夕飯どきで空腹だった俺は礼を言い、食事代とメモを受け取ると事務所を出た。
街の中心部でメモに書いてある店名のレストランを見つけると、俺は中に入った。
落ち着いた洒落た内装で、人間以外の客もいて繁盛している店だった。
(ぜんぜん読めないな。)
俺が案内されたテーブルでメニューをパラパラ見て焦っていると、誰かが向かいの席に座った。
「ここ、いいかしら。」
返事をしようと相手を見た俺は、メニュー表を落としたことにさえ気がつかなかった。
それくらいに、俺は目の前に座った人物の姿に目が釘付けになった。他のテーブルの客たちさえ、ざわついていた。
全く知らない人が…美しいという単語が陳腐すぎて力を失うと思えるくらいに…俺のテーブルだけが光り輝いていると思えるくらいに…綺麗な人が、俺を見て微笑みながら座っていた。
俺は、完璧な美と完璧なスタイルの意味をその時はじめて知った。
背中も胸も開いたドレスを着た金色の髪のその人の耳は、少し尖っていた。
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