第20話 技術主任のひよりさん
人間の王国の首都の門には長い行列ができていた。村長が書いてくれた書類を見せると、衛兵はあっさりと俺たちを通してくれた。
王女は変装せずにそのままだったが、珍しげにチラチラ見られるくらいで何も言われなかった。
さすがにヒヨコ丸改には布をかぶせて、捕まえた珍獣ということにした。
「ここが異世界の人間の王国か…。」
「そうニャ。王都ニャ~。」
大通りは歩行者や馬車でごったがえしていた。あまりの混雑に俺はひるんだが、ノーラ がぐいぐい俺たちを案内した。
「大聖堂はこっちニャ!」
徐々に歩行者が少なくなり、俺たちは白い石造りの建物が続く静寂なエリアに入った。
ひときわ大きな、太い石柱で支えられた神殿のような建物の前でノーラは俺たちにお辞儀をした。
「到着ニャ~!」
「え? もう?」
あまりにもあっさり着いて俺はかえって戸惑った。ほうきで敷地をはいている宗教関係者っぽい雰囲気の年配の人物に、俺は声をかけた。
「あのう、ここがハバナボンベイ大聖堂ですか?」
「いかにも。もしかして入信希望者かの!?」
期待に満ちた目で見られて申し訳ない気持ちになったが、俺は首をふった。
「ここで待ち合わせをしているのですが。」
「なあんだ、センシャヤのスタッフの方か。1階の奥にいってくれんか。」
年配の人物は急に無関心になって掃除を再開した。
「あの、いったいここは?」
「ああ、ここは国教のハバナボンベイ教の本部じゃよ。最近は信仰も廃れての。聖堂の中の部屋をテナント貸しして賃料収入を得とるんじゃ。」
「はあ…。」
俺たちは建物内に入り、広い通路の奥に進んだ。隅に扉があり、
『株式会社戦車屋 異世界王都出張所』
と掲げられていた。ヒヨコ丸改を通路に待たせて、俺がドアを開けて中に入ると、いきなり怒られた。
「遅いです! 遅すぎます!」
技術主任のひよりさん?…かと思ったが、紺色のスーツに眼鏡の全く別の人物だった。
「あの、技術主任さんは?」
スーツの人物は怒っていたのに、俺の質問に今度は泣き崩れた。
「あなたたちが遅すぎるから…ううう。」
「泣いていてはわからぬ。説明せよ。」
イライラした王女が命令すると、泣いていた人物はハンカチで鼻をかんだ。
「ひよりさん、逮捕されちゃったんです。」
「た、逮捕!?」
ノーラは部屋の中を物珍しげに物色していたが、ノートパソコンを見つけるとカバンに放り込んだ。
「ちょっと! 盗らないで! 誰ですかその猫は。」
「お前こそ誰ニャ!」
「私は事務員の鳴砂(なきすな)こよみです!」
こよみはパソコンを取り返そうとノーラにつかみかかったが、スルッとかわされて派手に転倒してしまった。
「あとにしてくれ! 逮捕ってなんだ!?」
こよみは腰をさすりながら立ち上がった。
「文房具も置き菓子も盗らないで! ひよりさんは、待ちくたびれて暇をもてあまして、カジノに行っちゃったんですう。」
「はあ?」
王女が俺の腕をつついた。
「タケオ、かじのってなんだ?」
「プラムさんは知らない方が良いところです。それでなぜ逮捕に?」
「カードゲームで負けまくって借金が返せなくなり、しかもイカサマだって暴れて衛兵にとりおさえられてしまいました。」
俺は深い深いため息をついた。
「社長はこのことを?」
「もちろん知らせました。お前らでなんとかせえ、だそうです。」
「とにかく、面会に行こう。」
「ボクはヒヨコ丸改ちゃんと待ってるニャ~。」
ノーラの挙動が心配だったが、王女と俺は急いで事務所から出ると道を聞きながら衛兵の詰所へ向かった。
「ひよりさん!」
「ああ、またあったな。」
戦車屋技術主任の桃寺(ももでら)ひよりは、鉄格子の向こうで体育座りをしていた。
「いったいなにをやってるんですか。」
「おまえらが遅すぎるんだよ。」
ひよりはあいかわらず頭はボサボサで、白衣ではなく今は粗末な布のポンチョのようなすっぽりかぶる囚人服を着ていて、すらりとした足も腕も丸出しだった。
「なあ、酒もってないか?」
「持ち込めるわけないでしょう。」
「だめだ、タケオ。こいつは使えん。帰ろう。」
ひよりは立ち上がると鉄格子をつかみ、王女をにらみつけた。
「ばーか、ヒヨコ丸を設計したのはあたしだ。あたししか直せないんだよ。」
「ちょっと、ひよりさん。お客様に失礼じゃないですか。」
「なんだ、こいつのすさみようは。」
王女は呆れた様子だったが、俺は思い当たる節があった。
「ひよりさん、教えてください。いったい社長やあなた達は何者なのですか?」
「教えると思うか。」
ひよりはニヤニヤすると手を出してきて俺の胸ぐらをつかんだ。
「ここから出たい。なんとかしろよ。」
俺は短剣を抜こうとした王女を目で制し、ひよりの手に俺の手をそえた。
「わかりました。でも、交換条件です。」
「なんだと。」
「あなたをここから出したら、全部話してください。社長の正体や、なぜハヌマンのことを隠していたのかも。」
ひよりは俺から手を離して肩をすくめると、また床に座りこんだ。
「わかったよ。」
「面会時間はそこまでだ!」
槍を持った衛兵が俺たちの背後に立った。王女が衛兵にニッコリ微笑んだ。
「あと少しだけ、だめか?」
「あ、はい、どうぞ。」
赤くなった衛兵が一旦引っこみ、俺は慌ててひよりに質問した。
「カジノの胴元を教えてください!」
「帰りましょう。」
俺は王女の手をひっぱったが、彼女は全く動こうとしなかった。
「ここまで来たら、行くしかあるまい。」
「はあ…。」
いかにも非合法っぽい人たちが頻繁に出入りしている裏通りのカジノの建物の前で、俺は立ち尽くしていた。
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