第19話 村での一夜
俺たちはエルフ族の王国の領内を抜けて、人間の王国の領土に入った。ノーラのおかげで水や食料には困らず、道案内も正確で旅は順調だった。
「ところでノーラさん、さんざん食べてきたけどこれってなんの肉?」
「今ごろ聞くんかいニャ!」
ノーラが焼いてくれる丸焼きの肉は絶品だったが、俺はつい疑問を口にしてしまった。
「ヌートピバラの肉ニャ。」
「ヌートピバラ?」
「要するに、大ネズミニャ~。」
俺と王女は悲鳴をあげた。
「戦車屋! 行ってこい!」
王女は俺に居丈高に命令した。あの一件以来、王女は事あるごとに俺に辛くあたった。
だが俺は毎夜、王女が寝袋の中でシクシク泣いているのに気づいていたから大人しく従っていた。
「大聖堂までもう少しですから、我慢しましょうよ。」
「いやだ! 我はネズミの肉はもういやだ!」
「じゃあ、プラムさんも来て下さいよ。」
王女は俺の提案にあきらかに動揺した。
「な、何を申すか。我が領内でさえあれだ。人間の村で我が物乞いなどできるか!」
俺は王女に手を差し出した。これ以上の王女との関係悪化は望むところではなかった。
「行きましょうよ、俺がついてますから。」
「うむ…。」
王女は迷っていたが、俺の手を握って頬を赤くした。後ろからフワフワした体が俺に抱きついてきた。
「ボクも行くから大丈夫ニャン♪」
俺は深呼吸すると、農村の中の一軒の扉を叩いた。すぐに、赤ちゃんを背負った人間の村人が出てきた。
「はい?」
「あ、あのう…大変申し上げにくいのですが…。」
「食べ物をわけてくれぬだろうか。」
「おなか減ったニャン!」
村人はかがみこんで王女を見ると、満面の笑みを浮かべた。
「まあ!? なんとめんこいエルフさまだあ! 珍しい! 吉兆じゃあ! ささ、入ってくれ!」
俺と王女は顔を見合わせて戸惑ったが、中に入ると家人から大歓迎を受けた。
食べ物どころか宴会が始まり、衣服は洗濯されて風呂まで用意され、どうしても泊まっていってくれと言って聞かなかった。
村に勝手に入ってきたヒヨコ丸改も洗ってもらい、村の子どもたちと遊んで大人気になった。
その夜。
そこは村長宅だったらしく、大きな家だったので俺たちには客室がひとり一室用意された。
宴会でさんざん酒を飲まされて、俺はベッドの上でほぼ気絶状態だった。
ノックする音が聞こえて、俺はヨロヨロと起き上がりドアを開けた。廊下には夜着に着替えた王女が立っていた。
「話がある。すこし良いか。」
「は、はい…。」
俺は水差しの水を飲んでから椅子に座り、王女はベッドにちょこんと腰かけた。
「話って?」
ズキズキする頭に顔をしかめながら俺は王女に聞いた。
「タケオ、聞くと見るとは大違いだな。」
「そうですね。差別と憎悪どころか…。」
「エルフ族はこの人間族の村では幸運のしるしなのだそうだ。我もまだまだ勉強不足だったな。」
王女は笑い、すぐに悲しげな顔になった。
「人間よりも恐ろしいのは同族のほうだった。親戚のはずのダークエルフ族は魔王と結託して我が両親を…。」
「命を奪ったのですよね。なんて奴らだ。」
「え? いや、生きてるが。誰が死んだと言ったのだ?」
俺はポカンとしてから、また水を飲んだ。
「だって、お墓を作っていたじゃないですか。」
「ああ、あれはまあ、覚悟というか、儀式というかな。父上と母上は幽閉されているが存命だ。」
(あの怒り狂いかたはなんだったんだ…。)
俺が最初の王女との出会いを思い出していると、彼女は本題に入った。
「ところでタケオ、明日には大聖堂に着くな。」
「はい。」
「ヒヨコ丸殿をギジュツシャに修理してもらい、ハヌマンを倒し、我が両親を救い、王国をとりもどす。その約束は違いないな?」
「もちろんです。安心してください。」
そうは言ったものの、俺には気がかりな事があった。すっかりやる気を失ったヒヨコ丸はハヌマンと再び戦ってくれるのだろうか?
「そうか。わかった。頼りにしているぞ。タケオ。」
「はい。では、もう遅いので。」
「あ、ああ。そうだな。」
王女はベッドに座ったまま足をブラブラさせていたが、一向に立ち上がる気配がなかった。気まずい沈黙のあと、王女はコロンとベッドに横になり、枕にしがみついた。
「旅のあいだのお主への失礼な態度、すまなかった。ゆるせ、謝る。」
「気にしていませんよ。」
「態度だけではない。お主に言った言葉、あれも本心ではない。」
「…わかっていました。」
王女は横になったまま枕を抱きしめて、くるりと俺に背を向けた。
「だから、今夜はここで休む。」
「ダメです!」
俺は立ち上がり両手を振り回したが、王女はさも意外そうな顔でふりかえった。
「今の話の流れでなぜそうなる?」
「だから、捕まるんですって、警察に。」
「ケイサツ? そんなものはここにはおらぬ。」
俺はどう説明しようか考えようとしたが、頭痛がそれを妨げた。
王女は体を起こしてベッドの上に正座した。
「我はもう、自分の気持ちに嘘はつけぬ。タケオ、我はお主が好きだ。お主が誰を好きでも、それは我には関係ない。」
「…。」
黙り込んでしまった俺に、王女はたたみかけてきた。
「何が問題なのだ? 言ってくれ。身分か? 年齢か?」
「まあ…両方…かな?」
俺が曖昧に言うと、王女はなぜかニヤリとした。
「では、我が王族の身分を捨てて、その上、もっと大人になれば良いのだな?」
「は? ええ、まあ。」
「その言葉、忘れるでないぞ。」
王女はベッドからピョコン、と床に飛び降りるとすばやく俺の方に踏み出した。
(チュッ!)
王女は俺の頬に口づけをした。
不意を突かれた俺にはなすすべがなかった。
王女は意気揚々と扉に向かった。
「おやすみ! タケオ。」
遠のいていく軽い足音を聞きながら俺はしばらくの間、放心状態だった。
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