第18話 ノーラの忠告

「あのヘンな生き物に聞いたのニャ~。」


 黒猫は部屋の隅にいるヒヨコ丸改を猫手で差した。


「言うなよ!」


「…。」


 俺は叫んだが、ヒヨコ丸改は寝ているフリなのか無言だった。王女は短剣をしまうと俺を手招きした。

 俺と王女は部屋の隅でヒソヒソと話し合った。


「どうするタケオ? あの猫は全く信用できぬ。」


「同感ですが、他に頼れる案内人もいないし、ヒヨコ丸改は頼りにならないです。」


「仕方がないな。あの黒猫め、何か魂胆があるに違いないが逆に利用してやろう。あやしいそぶりを見せたら我が成敗してくれる。」


 王女はニヤリとして短剣の鞘を叩いた。俺は、そんな王女が少しこわいと同時に頼もしくも思えた。


「よかろう、黒猫。道案内せよ。」


「了解ニャ~。ボク、ノーラ。よろしくニャ!」


 また俺に抱きつこうとするノーラに、王女は釘を刺した。


「貴様、タケオにむやみにベタベタするな。成敗するぞ。」


「なんで? キミもベタベタすればいいのにニャ~。」


 王女は赤い顔でまた短剣をふりまわした。


「人前でそんなみっともないことができるか!」


「あれえ? キミたちつきあってるんじゃないのニャ? じゃあ、いいニャン♪」


 ノーラは俺にくっついて離れようとしなかった。俺はなんとか肉球のある手を引き離した。


「もう朝だ、水を汲みに行ってきます!」


 俺はバケツをひっつかむとヒヨコ丸に近寄った。


「お前、まさか他に余計なことをあの猫に喋ってないだろうな。」


『…だって、あの猫さん、誰かと違って僕に親切なんだもん。』


 俺はため息をついてその場を離れた。




 少し下った岩場に地下水が湧いている場所があり、俺はバケツを水で満たしていた。人の気配がして振り返ると、王女が立っていた。


「おどかさないでくださいよ。」


「すまぬな。我も手伝おうと思ってな。」


「ありがとうございます。でも俺ひとりで大丈夫ですよ。」


「そうか。」


 王女はそう言ったが帰ろうとせず、なんだかモジモジし始めた。


「プラムさん、お手洗いなら…」


「ちがう!」


 照れか怒りか王女は頬を赤くしていたが、上目遣いで俺を見てきた。


「ずるいではないか。」


「は?」


「タニマチナナや、出会ったばかりのノーラとまであのような…その…口吸いをだな…。」


 ナナの名が出て俺はドキリとした。バケツは湧き水であふれ出していた。


「ずっといっしょにいる我とはしないくせに…。」


 俺はまずい展開だと瞬時に悟り、方向修正を試みた。


「あれは勝手に顔面をベロベロされただけなんです。」


「幸い、今ここはふたりきりだぞ。」


 王女は一歩、俺に近寄ってきた。

 どうやら全く俺の話を聞く気はなさそうだった。俺は少しかわいそうだが、この際はっきり伝えようと決めた。


「プラムさん、俺はこの世界の人間ではありませんから、いずれは元の世界に帰らなければいけません。」


「何が言いたいのだ。」


「あの申し出は受けられません。ごめんなさい。プラムさんと特別な関係にはなれません。」


 俺は帽子をとって頭を下げた。さぞ怒っているかと思い顔をあげると、王女は腹を抱えて笑っていた。


「あははは、はははは…」


「プラムさん?」


 王女は笑いやむと冷笑した。


「特別な関係? 思いあがるのもたいがいにせよ。」


「え?」


「あれは、お主を下僕としてそばに置けば便利と思うただけのこと。そもそもお主と我では身分が違う。図にのるな。」


 俺は安心していいはずだったが、なぜかチクチクと胸に痛みを感じた。俺は黙っていることしかできなかった。


「今も、たまたま手近にお主がおったから暇つぶしに慰んだだけのこと。それを勘違いしおって。」


 王女はくるりと反対側に向き、来た道を帰ろうとした。


「そこにおるのはわかっておるぞ!」


 茂みがガサガサ動いて、頭をかきながらノーラが出てきた。その後に、草むらを踏みつぶしながらヒヨコ丸改も現れた。


「バレちゃったニャン♪」


『ビデオカメラも用意してたのになー。』


「おまえたちな…。」


 俺は呆れてノーラとヒヨコ丸改を叱ろうとしたが、王女はふらりと廃墟への道を登っていった。

 ノーラがまた俺にしなだれかかってきた。


「いいのかニャ~。追いかけなくてニャン?」


「これでいいんです。」


「マジメな奴ニャ~。こういう場合は態度を曖昧にしてひっぱればいいのにニャ?」


 ノーラはこずるそうに口に手を当ててクックッと笑った。


「なにを言ってるんですか?」


「旅の間は思わせぶりな態度ではぐらかし続けてニャ、結論は最後までとっておけばいいのにニャ。こーゆーのはかけひきニャン!」


「なんてことを。王女はまだ子どもですよ。」


「相手はそうは思っていないニャ~。」


 俺は腹が立ってノーラ につかみかかったがいとも簡単にするりとかわされた。

 ノーラは木の上に登った。


「それに、中途半端な優しさはかえって相手を傷つけるニャ。ま、忠告はしたニャ。旅は長いニャ。快適な旅になるか、つらい旅になるかはキミ次第ニャ~。」


 ノーラはウインクすると、あっという間に消えてしまった。


「忍者かあいつは。」


 立ち尽くす俺の耳に、ヒヨコ丸改のつぶやきが聞こえた。


『愛って奥が深いなあ…。』


 

 結論から言うと、人間の王国のハバナボンベイ大聖堂までの旅はつらい旅になった。

 それはノーラの言う通り、すべて俺のせいだったかもしれない。

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