第17話 戦場の選択
俺は瓦礫が散乱した街の中を慎重に歩んでいた。疲労が蓄積していて、装備や防弾服に多機能ヘルメットがズシリと重かった。
肩を叩かれて、俺は立ち止まった。俺と同じ戦闘服姿の谷町ナナが手信号だけで伝えてきた。
(このビル、待ち伏せポイント。)
(了解。)
突如。
本当に突如、ある年、俺の国に外国の軍が攻め込んで来た。
海岸線の地雷原や地対地迎撃をくぐり抜けて、敵国の地上部隊が街になだれ込んできた。
初戦でレーダーサイトや航空基地が敵の特殊部隊に爆破され、味方の制空権は壊滅していた。
俺とナナはビル低層階の窓際に事務机やコピー機を運び、その陰に潜んだ。元はオフィスだったらしく、床には書類が散らばっていた。
「この辺りもひどくやられているな。」
「ええ。でも民間人の退避はなんとか完了よ。」
窓から見えるオフィスビルはほとんどが半壊したり焼け焦げたりしていて、無傷のものを探すのは難しかった。
俺が水筒の水を飲むと、ナナが固形食を手渡してきた。
「まさか予備隊のあたしたちまでが全員かり出されるなんてね。」
「そうだな。」
「ねえ、タケオはなんで入隊したの?」
「そ、それは…。自分の国は自分で守りたくて…。」
「ふうん。」
ナナは疑わしげな目で俺を見た。
「そう言うナナはなぜ?」
「さあ。ヒマつぶしかな。ダイエット? いや、出会いを求めてかなあ。」
ナナはクスクス笑うと真顔になった。
「実際、タケオに出会えたし。」
「からかうのはやめろよ。」
「からかってないよ。」
俺はナナと見つめ合い、なんだかそういう雰囲気になりそうだった。彼女とは最初から馬が合い、行動を共にすることが多かったがそれ以上の関係ではなかった。
トランシーバが鳴動し、慌てて俺は応答した。
『こちら甲2班、準備完了。奴らが来るぞ、十字砲火だ。おくれ。』
「乙3班、了解。以上。」
俺がトランシーバをしまうと、ナナがキョロキョロした。
「あれ? タケオ、あなたの対戦車砲は?」
「あ、非常階段の下に置いてきた。」
「なにしてんの! あたし、取ってくる! 見張ってて!」
ナナは軽やかに走って部屋から出ていった。しばらく待って、帰りが遅いので俺は持ち場を離れた。
階段を降りて様子を伺うと、階下の立体駐車場の前にナナが倒れていて2人の敵兵が立っていた。
(敵の斥候か…俺のせいだ…。)
俺は自分のミスを激しく悔いて、なんとか彼女を助けようとナイフを抜いた。
敵兵は笑いながらナナを見下ろしていたが、ひとりがかがみ込むとナナの防弾チョッキを外しにかかった。
俺は飛び出すと、ひとりに体当たりして押し倒し、必死で喉を突いた。かがんでいた方は何かわからない言葉を叫び、俺を撃とうとした。
「ぐがっ。」
その敵兵は倒れて痙攣していた。起き上がったナナが後ろから敵兵を深々とナイフで刺したのだった。
「ナナ、大丈夫か!?」
「うん。でも、対戦車砲が…。」
「俺がとりかえす! 君は上で待機を。」
ナナがうなずき、俺がビルの駐車場から飛び出すと、俺の対戦車砲を持って走っている敵兵が見えた。俺は走ってその後を追いかけ始めた。
間がどんどん縮まり、俺は敵兵に後ろからタックルした。俺と敵兵は地面の上を転がり、互いに首を絞めあった。
先に敵兵の力が尽き、動かなくなった。俺はしばらく倒れたまま咳き込んでいたが、起き上がると敵兵の顔をよく見た。かなり若い、俺とあまりかわらない年齢のように見えた。
俺は対戦車砲を拾い、歩き出そうとして地面に振動を感じた。遠くからエンジン音が近づいてきた。
ビル陰に身を隠して見ると、敵の戦車が轟音をたてて通りを走行していた。その後ろには敵兵が数名、身をかがめながら進んでいた。
敵戦車がとまり、砲塔をある方向に向けた。俺たちが待ち伏せていたビルの方角だった。
俺は迷わず対戦車砲を構えると訓練通りに操作して起動し、狙いを定めた。
その時、俺は信じられないものを見た。敵戦車のすぐそばに、ぬいぐるみを抱いた子どもが現れたのだ。
子どもは泣きながら、戦車を手で叩き始めた。気づいた敵兵が子どもに近づき、抱き上げたが子どもはめちゃくちゃに暴れて敵兵を殴ったり蹴ったりした。
戦車は外の騒ぎに気づかず、狙いを定めている様子だった。おれは迷い、冷や汗が肌を伝うのを感じた。
発射ボタンにかけた指がふるえた。
(もしナナがあのビルにいたら…。でも、今撃ったらあの子は…。)
敵兵のひとりが拳銃を抜き、他の兵士が静止しようとするような動きが見えた。
俺は対戦車砲の発射ボタンを押した。
俺が悲鳴をあげながら目を覚ますと、真ん前に青い目と黒い鼻とひげが見えた。
「うわわっ。」
「君、ひどくうなされていたニャ~。」
黒猫は俺に勝手に添い寝をしていた。少し向こうでは王女が眠っていた。こんな所を見られたらまた話がややこしくなりそうだった。
「俺のことはほうっておいて、離れて寝てください。」
「さびしいからいや~んニャ。」
俺は黒猫を押したが、スルリとかわして今度は馬乗りになられてしまった。
俺たちは黒猫の案内で、山中の廃墟のような石造りの建物に逃げ込んでいた。水も、何の肉か不明な食料も黒猫がどこからか持ってきてくれて、それはそれで助かっていた。
「なぜ俺たちにかまうんですか?」
「お前たちじゃないニャ。キミだけにかまいたいニャ~ん。」
黒猫は体を倒して俺の顔をザラザラの舌でなめはじめた。
俺に黒猫の長い黒髪がかかり、顔を背けると黒猫の動きがとまった。
「やめろ。それ以上は容赦せんぞ。」
いつのまにか王女が短剣を黒猫の背に突きつけていた。俺は目で助けを求めたが、王女は声に出さず口の形で伝えてきた。
(あとでお主も覚悟しておけ。)
(そんな、俺は被害者なのに。)
「いいのかニャ~。ボクにそんなことしていいのかニャ~。」
「どういう意味だ。」
王女の剣幕にも黒猫は余裕だった。
「ボクならハバナボンベイ大聖堂までキミたちを案内できるし、水も食料もバッチリちにゃ~。」
「貴様、なぜ我らの目的地が大聖堂だと知っておる!」
王女は黒猫の喉元に短剣を突きつけた。
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