第16話 黒猫のしっぽ


「村がありますね。」


 俺が双眼鏡をおろすと王女も見たがった。


「本当だ。タケオ、行ってきてくれるか。」


 俺は自分の顔の傷跡のせいで気が進まなかった。


「俺よりもプラムさんのほうが受けがいいですよ、きっと。」


「お主、王族に雑用をさせるのか。」


(都合の良い時だけ王族王族って…。)


 俺はすこしイラついてしまった。


「だいたい、プラムさんが食べすぎなんですよ。」


「育ちざかりだから仕方なかろう。」


『とっととふたりで行けば?』


 ヒヨコ丸がどうでも良さげに言うと、意外にも王女が村に向かって歩き出した。


「プラムさん?」


「この辺りはまだ我が王国の領内だからな。我の人気をみせてやろう。ついてこい。」



 長期戦を想定していなかった俺たちの携行食糧はもはや尽きようとしていた。現地通貨は用意されておらず、王女は文無しだった。



「着の身着のまま逃げてきたのだから、仕方がないではないか。」


「だから、誰も責めていませんよ。」


 村への小道をふたりで歩きながら、おれはつい口調がきつくなっていた。

 急に王女は立ちどまった。


「なあタケオ、タニマチナナが言っていたのは本当か?」


「何がですか。」


「タケオが身を挺して我を守ってくれるのは、お金が目当てなのか?」


 王女が、ヒヨコ丸が乱射した時のことを言っているのが俺にはわかった。ふと見ると、王女は目にいっぱい涙をためていた。


 それを見て俺は激しく後悔した。もの言いが子供っぽくないのでついつい忘れてしまうが、やはり彼女はまだまだ幼いのだ。


「そ、そんなことないですよ。俺はプラムさんだから守るんです。」


 王女は俺に、輝くような笑顔を見せた。なぜか俺はドキリとしてしまった。王女は俺に手を差し出した。


「タケオ、道が悪いから手をつなげ。」


「は、はい。」


 俺は慌てて王女の手をとった。



 村の民家のひとつに近寄ると、俺は木の扉をかるくノックした。扉が開き、子狐を背負いエプロンをした親狐が出てきた。


「はい?」


「こんにちは。あ、あのう…大変申し上げにくいのですが…。」


 食料提供のお願い、要するに物乞いは俺は初めてで言い淀んだ。首をかしげる親狐の前に王女が出た。


「我は旅の途中の王女プラムだ。領民よ、何か食事を供出せよ。」


 子狐が泣きだして親狐はあやしはじめた。


「こんな所に王女がいるわけないだろう。」


 引っ込もうとする親狐に、プラム王女は胸を張った。


「よく見よ。本物だ、頭が高いぞ。」


「ふうん、そうか。ちょっと待ちな。」


 狐親子が引っこんだので俺たちは期待したが、次に出てきた親狐は手にフライパンを持っていた。


「本物ならこれでどつきまわしたる!」


 俺は慌てて王女を抱えると頭を下げながら逃げ出した。他の家にも行ってみたが、どこも同じような反応だった。




「もう泣かないでください。プラムさん。」


 村外れの大木の下で、俺は王女にハンカチを差し出した。王女はハンカチを奪いとると強く鼻をかんだ。


「あのー、プラムさん。ひょっとして王族って嫌われてます?」


「人気がないとは聞いていたが、まさかここまでとは…。」


 王女はショックを受けたのか、木にもたれかかりまたしゃくり上げはじめた。


(いったいこの子の親はどんな政治をしていたんだ?)


『リサーチ不足だね~。』


「人ごとみたいに言うな!」


 俺はヒヨコ丸改の態度に腹が立ち、もっと王女を慰めようとした。


「プラムさん、あなたのせいではないですよ、もう泣かないでください。」


「ちがうのだ。」


 王女はフラフラと木の根元に座りこんでしまった。


「おなかが減りすぎて悲しいのだ。」


 俺はこけて木の根にひっかかり、地面に倒れてしまった。


「いててて。」


『ぷぷぷ』


 俺はすこし安心したが、旅を続ける上で空腹はまずい事態だった。


「ヒヨコ丸改、おまえは狩猟はできるか?」


『無理だよ。野生生物の殺傷は禁止されてるもん。』


「おまえなあ、敵兵はさんざん攻撃してたクセに。」


『獲ったとしても調理できるの?』


 痛いところを突かれ、俺はこの異世界では何もできないという無力感に襲われた。

 俺が考えこんでいると、肉を焼くようなうまそうな匂いが漂ってきた。



 俺と王女は顔を見合わせると、匂いを追って走った。すぐ近くの井戸のそばで、誰かが座って丸々とした何かを焚き火で焼いていた。


「うまく焼けたニャ~。いただきまーすニャ。」


 全身黒い毛に覆われた人間大の猫が、焼きたての肉にかぶりついていた。身につけているのは赤いベストと、鍵束がジャラジャラついた太いベルトだった。

 俺と王女は口を開けて凝視してしまった。


「あにゃ? そんなとこで見てないでいっしょに食べるかニャ~?」


 俺たちに気づいた黒猫は、大きな青い目をパチパチしながら猫耳をピクピクさせて、長い黒髪をかきあげた。

 そのしぐさが妙になまめかしかった。

 

「い、いただきます!」


 俺と王女は黒猫に骨つき肉をもらい、ふうふうしながらかじりついた。絶品の味だった。


「うまいかニャ~?」


「はい、ありがとうございます。」


 黒猫は俺にもたれかかり体に絡みついてきた。俺は肉をもらった手前、丁寧に言うしかなかった。


「あ、あのう、離れて頂けますか?」


「タダで食わすわけないニャ。うーん、その顔の傷、そそるニャ~ン。」


 黒猫は俺にますます強く絡みついてきた。意外な気持ちよさに俺は変な悲鳴をあげた。王女は肉の骨を放り投げた。


「我の目の前でなにをいちゃついとんじゃ、コラ!」


 黒猫に押し倒された俺の視界に、農具を持った村人の一団が見えた。


「あそこにいたぞ!! 叩きのめせ!!」


「王女を捕まえたら賞金がもらえるぞ!!」


 俺は黒猫をなんとか押し返し、腕時計に叫んだ。


「ヒヨコ丸改! きてくれ!」


『へいへい。』


 黒猫は手をベロンベロンして顔を洗っていたが、俺に妖しく微笑んだ。


「逃げ道を教えてあげようかニャ〜?」


「た、頼む!」


 俺と王女は渋々、黒猫のフリフリ動くしっぽを追った。

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