第14話 意外な来訪者

「なあんてね。びっくりした? タケオ。」



 声の主は俺の隣にストンと腰かけてニカッと笑った。


「ナナ…。」


 俺は驚きすぎて言葉が出てこなかった。


 相手は俺とそっくりなつなぎの制服を着て、戦車屋のロゴが入ったキャップも同じだった。後頭部ではふんわりポニーテールが揺れていた。


「警戒モードだったのに…?」


「あんなおチビちゃんじゃあね。それよか、戦友に会えて嬉しい?」


「君も戦車屋だったのか…。」


 谷町ナナは拳銃を腰にしまった。


「あのタヌキ社長、あなたに何も言わずにここに派遣したのね。」


「まさか君も入社していたなんて。ハヌマンに乗っていたのは君だったのか!」


 ナナはうなずくと、いきなり俺の手をとった。彼女のキャップから出ている長い前髪がゆれた。


「さ、私といっしょに来て。」


「えっ? どこに?」


 ナナはこめかみに怒りマークを出した。


「これだよ。勇気を出してまた会いに来たのに。」


 俺はその言葉で、ナナが以前に俺の部屋に来た時の事を思い出した。



 

 チャイムが鳴ったとき、俺はその日も仕事の面接で不採用が決まった後だった。


 ドアを乱暴にあけた俺の目の前に、ナナが立っていた。


「久しぶり!」


「ナナさん…元気そうだ…。」


「そんだけ? 人がどんだけ探したと思ってんの?」


 そう言うと、ナナはズカズカと勝手にあがりこんできた。俺は彼女にお茶をだした。


「甘いもの、好きだったよね。ケガはどう?」


 ナナは甘い香りのする紙袋を俺に差し出した。


「ああ、日常生活はできるけど。」


 右足をひきずる俺を、ナナはすこし悲しげな目で見ていた。俺はお茶よりコーヒーが良いかとまた立ちあがろうとした。


「おかまいなく。それより、どうしてあの戦争のあと、姿を消したの?」


「それは…。」


 俺は思い出したくなくてうつむいてしまった。


「あれはタケオのせいじゃない。まだ悔やんでるんだ?」


 無言の俺に、ナナは焦れたようだった。


「あたしね、仕事が決まったんだ。それもかなりの高収入らしいの。」


「そうか。おめでとう。」


 俺は本気で祝福したが、ナナは俺に向き合うと真剣な顔をした。


「タケオ、あたしといっしょに暮らさない?」


「え。」


 不意を打たれた俺は、彼女を見つめることしかできなかった。長い時間が経ったようだったが、一瞬かもしれなかった。


「わるいけどそれはできない。帰ってくれないか。」


 ナナは冷静だった。


「そう。でもあたし、あきらめない。必ずまた会いに来るから。」


 彼女は去り、後には手つかずのお茶が冷めていくばかりだった。




「もう1度言うけど、あたしといっしょに来て。」


 俺が黙っているとナナはいきなり、一方的に俺の顎を手でひいて唇を押し付けてきた。


「な、なにをするんだ!?」


「これで目が覚めた? タケオ。」


 ナナは悪戯っぽく笑ったあと真顔になった。


「タケオさ、あんな子どもを相手に、なにしてんの?」


「み、見てたのか。」


 俺は川での王女とのやりとりを思い出して赤くなった。


「あたしね、あんなタヌキ社長に従う気なんかさらさらないから。」


「君はいったい何を企んでいるんだ?」


「ハヌマンとヒヨコ丸があればね、あたしたちはこの異世界では無敵よ。その気になれば神にだってなれるわ。さあ、あたしといっしょに行こ。」


 俺はナナを知らない人を見るような目で見た。


「どうして君がそんなことを?」


「力の無い者がどんな目に遭うか、タケオも身をもって経験したでしょ? ここでは私たちこそがその力なの。」


 ナナは立ち上がり、俺を思いきりひっぱった。


「ヒヨコ丸はハヌマンが修理するから。どこに隠したの? 教えて。」


「離してくれないか。」


 俺がナナの手をふりはらおうとした時、テントから飛び出した王女がナナに思いきり飛び蹴りをくらわした。


 吹き飛んだナナは地面を転がったが、すぐに片膝をついて銃を構えた。王女はくるりと回転して着地し、ナナを鋭く尖った金色の目でにらみつけた。


「さっきから聞いておれば貴様、図にのりおって。タケオを困らせるな!」


「子どもは寝てなさい。あたしたちはおとなの話をしているの。」


 ナナは腹をさすりながら立ち上がった。王女の怒りの矛先は俺にも向かってきた。


「お主もさっさとはっきり断れ! このような外道につけこまれるな!」


 怒り心頭かと思っていたら、王女は俺の腰に抱きついてきた。


「お主は我が選んだ大切な伴侶なのだからな。」


「え…。」


「あらあら。」


 俺の嘆息とナナの呆れが重なった時、お大きなあくびが聞こえてきた。


『ふわぁ~あ。うるさいなあ。眠れないよ。敵影を確認、撃っていい?』


「遅いっ!」


 俺はヒヨコ丸の呑気さにあきれたが、砲塔が旋回して機銃がナナに狙いをつけるのを見て複雑な心境になった。


「今日の話し合いはここまでね。また来るから、考えといて。」


 夜の闇に消えていこうとしたナナだったが、王女はまだ怒りがおさまらない様子だった。


「ちょっとまて! 人の伴侶に手を出しておいてまた来るだと? ふざけるな。もう来るな!」


「国を失ったエルフの王女…滑稽ね。子どものくせに伴侶伴侶って、意味わかってんの?」


 王女は勝ち誇った顔をした。


「わかっとるわ、この痴れ者が。我は既にタケオとは体液交換の儀式も済ませた間柄。貴様のような年配の者が出る幕はない。」


「な、なんですって…!?」


『た、体液!? いや~ん、やっぱりタケちゃん、こんな子どもに手を…。事案だ! おまわりさ~ん!』


「や、やめろヒヨコ丸! 人聞きのわるい!」


 俺は必死で手を振って否定して、ふと思い出した。あのペットボトルを王女はまさか…?



 ナナは冷笑を浮かべた。


「子どもが騒いでるだけの話ね。」


「先ほどから我を子ども子どもと無礼千万な奴。言っておくが102歳だから子どもではない。」


「ふうん。その体でねえ。」


「も、もう少し大きくなったら我だって貴様のように…。」


「へえ。あと何年かかるの?」


「ひ、100年くらいかの…。」


 王女は手で自分の胸のあたりを押さえて赤くなった。形成不利と見たのか、王女は暴挙に出た。


「ええい、ヒヨコ丸! 撃ち方始め!」


『はーい!』


「やめろ!」


 俺は横っ飛びでナナを押し倒して頭を抱え込んだ。ヒヨコ丸の主砲のガトリング機銃が滅茶苦茶に乱射し始めた。


(ダダダダダダダダ!!)


 ガトリング機銃の銃声が森にこだまし、無数の薬莢が宙を舞った。


「ナナ、大丈夫か!?」


 硝煙の向こうに何か巨大な半透明の物体が見えた。


『いきなり撃ちまくりやがって。いきがってんじゃねえぞ、チビスケ。』


 聞いたことがない野太い声がした。

 半透明は光学迷彩だったようで、それが解けると森林迷彩塗装が施された巨大な戦車の躯体が現れた。


 それこそが先日俺たちが戦った巨大AI戦車、ハヌマンだった。

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