第13話 プラム王女の提案

「プラムさん!」


 やはり目を離すべきではなかった、と俺は激しく後悔しながら川まで一気に駆け下りた。


 拳銃を構えながら川沿いに進んでいくと、大きな岩が立っていた。俺はブーツを濡らしながら川に入っていった。

 急に岩陰から人影が飛び出してきて、俺は心臓がとまりそうになった。


「ここだ、タケオ殿。」


 タオルを体に巻きつけたプラム王女だった。俺は銃をおろしてジャブジャブと浅い川の中を歩いていった。


「大丈夫ですか! 敵は!?」


「そんなものはおらぬ。」


 拍子抜けした俺の顔を見て、王女はクスクスとさも楽しげに笑った。


「こうでもしなければお主は来ないだろう。まさか、のぞくなと言われて本気にする奴がいるとはな。」


 王女は再びクスクスと笑いながら岩場を離れて俺に近づいてきた。


「プラムさん、からかわないでください! 俺がどれだけ心配したと…。」


 王女は俺を黙らせるかのように手をあげた。


「なんど言えばプラムと呼んでくれるのだ? それに、心配したのは客としてか? それとも?」


 俺は返事に困って黙ってしまった。

 

「まあ良い、実は相談がある。」


「ヒヨコ丸改に聞かれたらまずい話ですか?」


「まあな。」


 王女は小さい岩に腰かけて、見せつけるかのように足を組んだ。俺は困って後ろを向いた。


「正直な話、我は王国なんかどうでもよくなった。」


「えええっ!?」


 俺はいきなり大前提を覆されて脱力しかけた。王女の表情が見えないが、俺はふりかえることができなかった。


「我はハバナボンベイ大聖堂がある人間どもの王国になどには行かぬ。」


「プラムさん、その話はさんざんしましたよね。」


「イヤなものはイヤだ。あそこは、人間以外の種族への差別と憎悪がうずまくところだ。」


 王女はきっぱりと言って言葉を切り、次に話し始めると口調が変わっていた。


「それよりもタケオ…。どうだ、我といっしょにどこかへ行って、いっしょに暮らさぬか?」


「えええっ!?」


 同じ反応しかできない自分が情けなかったが、俺には王女が何を考えているのかさっぱりわからなかった。


「お、おとなをからかわないでください。俺は元の世界に帰らないと…。」


 水音がしたかと思うと、俺はすぐ背後に王女の気配を感じた。俺は身を固くしたが、王女は後ろから俺の背にそっと身を寄せた。


「お主の世界に、誰かお主を待っている者でもおるのか?」


「そ、それは…。」


 そう言われて俺は気がついた。俺は本当に元の世界に戻りたいのだろうか? あの戦いのあと、殻に閉じこもった俺に待つ者などいるはずがなかった。


「俺は…。」


「お主は我をこの世界でひとりにするのか?」


 王女は俺の背に手と頬をつけていたが、しばらくすると離れて川岸に向かって歩き始めた。


「すぐに返事は聞かぬ。考えておいてくれ、タケオ。」


 振り返った王女は頬を赤く染めていた。そして、川岸へ走っていった。



 この時、俺はあまりのことに油断しすぎていた。一部始終を見て、聞いている者がいることに気づかなかったのだ。



 少し森がひらけた場所で、俺は簡易テントを張り終えると胸を張った。


「どうです、プラムさん。」


「ほう…。」


 俺の制服と同じ砂漠迷彩柄のテントをもの珍しそうに眺めていた王女は、入り口から中に入った。


「ちいさな家だな。まあ悪くない。」


「今夜はこれで我慢してください。街に着いたら宿に泊まりましょう。」


「わかった。」


 王女はテントから顔だけを出して返事をし、すぐに引っこんだ。


『やけに素直だね。』


 芝生のような草地の端に鎮座していたヒヨコ丸改が不思議そうにつぶやいた。俺は苦笑すると焚き木を集めて火をつけた。


『川では長々と何を話していたの?』


「いや、まあ。いろいろとな。」


『まさか、あんな子どもと…? 事案だ。おまわりさーん!』


「ちゃうわッ!」



 俺は火でお湯を沸かすと、インスタントラーメンのカップに湯を注いだ。うまそうな匂いがして、テントの中からブカブカのスウェットに着替えた王女が這い出してきた。


「タケオ、なんの香りだ?」


「プラムさんのもできましたよ。熱いから気をつけて。」


 切り株に座った王女は俺にカップとフォークを渡されてポカンとしていた。


「熱い! ふうふうして冷ましてほしい。」


 ヒヨコ丸改が笑いを堪えているような気がした。


「あと、あーんするから食べさせてほしい!」


『ぷぷぷ』


 我慢できず、笑い出したヒヨコ丸改を俺は睨みつけた。


「電池がもったいないから、警戒モードにしてもう寝ろよ!」


『はいはい。おやすみなさーい。』


 俺は麺を吹いて冷ますと、フォークで王女の口にいれた。モグモグしていた王女は目をみはった。


「おいしい! いったいどうなっているのだ、タケオは魔法使いなのか!?」


 俺は笑うと、王女にラーメンを食べさせ続けた。なんだか俺は、ちいさな妹ができたみたいな気がした。



 食事の後、王女は歯を磨いてテントに入り寝袋に潜り込んだようだった。

 一緒に寝ろなどと言い出すのではないかと俺はヒヤヒヤしていたが、さすがにそれはなくて俺はホッとした。


 丸太に座って火を見つめていると、俺もうつらうつらしてきた。

 

 俺の背後でパキリと枝を踏む音がした。


 俺は目がさめて立ち上がりかけたが、後頭部に冷たい感触(おそらく銃口)がしてあきらめた。


「動かないで。」


 俺はおとなしく両手をあげた。


 その声に俺は聞き覚えがあり、激しく動揺した。

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