第12話 水浴びしたい!

「暑い…。」 


 ヒヨコ丸改の上で、照りつける太陽光に俺はたまらずヘルメットと防弾服を脱いだ。本当は砂漠迷彩柄のつなぎも上をはだけたかったが王女の手前、我慢した。

 

 俺はそばに置いてあったペットボトルの水をぐいと飲み、額の汗を拭うと、荷物から新しいボトルを出して王女に手渡した。


 王女はじっとボトルを見ていたが、俺に突き返してきた。


「あ、すみません。開け方がわからないですよね。」


「そうではない。飲み水は節約すべきであろう。お主のボトルをよこせ。」


「はあ。でも、まだたくさんあるし、口をつけていますから。」


「いいからよこせ!」


 王女は度々こんなふうに機嫌が悪くなるのだが、暑さのせいだろうと考えておとなしく俺はボトルを渡した。

 なぜか王女はそのボトルを大切そうに自分の革袋にしまいこんだ。


「なあヒヨコ丸改、幌とかないのか?」


『ないね。ふつう、こんな乗り方はしないもん。』


 ヒヨコ丸改はどんどんしゃべり方が子供っぽくなっているような気がした。


 

 本街道をミニミニ戦車で堂々と走行するわけにもらいかず、俺たちは人気の少ない脇道や農道、裏道を選んで進んでいたが、進みは遅々としていた。



「ハバナボンベイ大聖堂まで、あとどのくらいかかるんだ?」


『再計算中…。このペースだと1週間くらいかな。』


「1週間!?」


 このクソ暑い異世界を、子ども(?)を2人も連れて1週間もさまようのかと思うと俺はげんなりしてきた。


「本当に道は合っているのか?」


『たぶんね。自業自得だね、カッコつけてさ。「俺があなたを守ります!」だってさ。ぷぷぷ。』


 俺は恥ずかしさのあまり、うつむきながら王女の様子をうかがった。


「ちいさいヒヨコ丸殿、それ以上タケオ殿を侮辱するなら我にも考えがあるぞ。」

 

『…ゴメンなさい…。』


 シュンとしたヒヨコ丸の主砲が下に向いた。ざまあみろ、と俺は思った。


「ありがとうございます。」


「かまわぬ。それより、もう我もこれを脱いでよいか? 暑くてかなわぬ。」


 俺は双眼鏡で慎重にあたりを見まわしたが野生の鳥が飛んでいるくらいで特に異常はなかった。


『大丈夫。周囲に敵影ないよ。』



 敵軍の捜索や追撃は意外にもゆるかった。あまりにも楽に逃亡できたことに、俺は安心と同時にすこし不安も感じた。



「お客様の安全が最優先ですが、たしかにこれでは熱中症になりますね。ではこれを。」


 俺は王女のヘルメットをとり、代わりに戦車屋のロゴが入ったキャップを被せた。


「ふふ、タケオ殿とおそろいだな。」


 王女は上機嫌で防弾ベストを脱ぎ、ふうと息を吐いた。


「汗をかいた。あのしゃわーというものを浴びたい。」


『僕にはその機能はないよ。』


「では水浴びでもよい! 川か池を探せ!」


「お客様、先を急がないと…。」


 言いかけて俺は状況の厳しさにふと気づいた。1週間かけて技術者(たしか、ひよりちゃん?)に会えたとして、また修理にヒヨコ丸本体の隠してある洞窟まで戻らなければならないのだ。


 その間、ずっと野宿か?

 水や食料は携行分ではとても足りないぞ?

 宿に泊まるにしてもお金は?


 俺はめまいに加えて頭が痛くなり、かばんの中から頭痛薬を探した。


「いやだ! 水浴びがしたい! 気持ち悪い!」


 俺の頭痛の種にはこと欠かなかった。




「では、行ってくるぞ。」


 王女はタオルと黄色い洗面器を持って川原を降りていった。


「言っておくが、のぞいたら死刑だからな。」


「わかっていますから、早く行ってきてくださいよ。」


 王女の姿は背の高い草花や大岩に隠れてすぐに見えなくなった。俺は大声で念を押した。


「何かあったらすぐに通信機を!」


「わかっておる!」


 俺は念のために、王女に予備の通信機を渡していた。遠くから王女の返事が聞こえて、俺は安心してヒヨコ丸改の上に座った。


「なあヒヨコ丸改。話の続きだ。社長からハヌマンのことを聞いてなかったのか?」


 ヒヨコ丸改は言い辛いのか少しためらっていた。


「言えよ。今後の俺たちの行く末にかかわる話だ。」


『社長からは、ハヌマン先輩は撃破されたって聞いてたよ。』


「撃破?」


 ヒヨコ丸改の砲塔が人間の首のように俺の方に向いた。


『うん。どこかの異世界で大型竜にやられたって。ハヌマンさんは僕より旧型だけど先輩だったんだ。』


 ここで迂闊にも俺は今ごろ気がついた。ハヌマンにも俺のような営業がついているはずだ。どんな奴なのだろうか。


『僕に戦い方を教えてくれたのもハヌマン先輩だった。まさか先輩がこの異世界で生きていて、しかも敵側についていたなんて…。』


「あのタヌキ社長め。なぜ黙っていたんだろう?」


 ヒヨコ丸改は砲塔を左右に振って、わからないという仕草をした。


「ハヌマンに乗っていた営業担当はどんな奴なんだ?」


『乗員は行方不明って聞いてた。見たことあるよ。ものすごく綺麗な人で…。』



 いきなり、通信機から緊急警報が鳴り響いた。

 


「王女になにかあったのか!?」


 俺はヒヨコ丸改から飛び降りると、腰から拳銃を抜いて川原を全速力で駆けおりた。

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