第6話 クレーム対応

「開けろ! 開けろってば!」


 俺はヒヨコ丸のハッチを拳でガンガン叩いたがびくともせず、冷たい音声が返ってきた。


『ダメですよ。クレーム対応も営業のタケちゃんのお仕事でしょう。』


「ヒヨコ丸が悪いんじゃないか!」


『異世界間転移跳躍航行の計算は合ってました。まさかお墓があるなんてしりませんよ。』


 俺はあきらめて地面に降りた。途端に、ヒヨコ丸の表面がゆらいだかと思うと消えてしまった。


「あっ!? どこだ!?」


『よく見て下さい。ここにいますよ。光学迷彩です。』


 確かによく見ると、うっすらとヒヨコ丸の車体の輪郭が見えた。手をのばすと確かに冷たい感触があった。


『僕はしばらく消えてますから、早くお客様と仲直りして下さい。』


「貴様、誰と喋っとるんじゃ!」


 俺の背後には、いかにもよく斬れそうな短剣を振りかざした王女がいた。

 何かの力なのか、短剣が動くたびにあとには残像が残った。


「ま、待ってください。お墓のことは知りませんでした。あやまります。ごめんなさい。」


「あやまってすむなら衛兵はいらんわ!」


「とにかく、まずは料金のご説明から…」


 王女が短剣を俺の方に突き出してきた。なんとかかわしたが、制服の袖が少し切れてしまった。


「いきなり人の大切な墓をこわすような連中などとは組まんわ!」


 王女は全く俺のことばを聞く耳をもたず、短剣をふりまわした。俺はヒヨコ丸を背になんとか刃をかわし続けたが、ついに王女は短剣を構えたまま突進してきた。


(本気で刺す気だ!!)


 俺が横っ飛びで避けると、王女はガン!とヒヨコ丸の側面装甲に顔面から思い切り激突した。


「あ、大丈夫…?」


 俺はおそるおそる声をかけたが、ゆっくりと振り返った王女の小さな鼻からは血が垂れていた。俺は血の気がひいた。


「貴様、高貴な王族である我に血を流させたな。王家一滴の血には、ひとつの命であがなえ。」


 見た目だけは本当に10代前半くらいの子どもだが、その醸しだす雰囲気の恐ろしさに俺は身がすくんだ。



 俺は回れ右をして逃げ出した。


「ヒヨコ丸! 助けて! どうすればいい?」


 腕時計からはのんきな口調の返事が返ってきた。


『しばらくしたら落ち着くでしょ。』


「おまえが原因だろ! なんとかしろ!」


『仕方ないなあ。』


 ヒヨコ丸はブツブツ文句を言いながら、主砲脇の多連装ランチャーから何かをポンポンと発射した。

 発射物は放物線を描いて飛んでいき、はるか上空でまばゆく光った。


「照明弾?」


『あっちに少し大きい街があるから、そこまで走って逃げてください。着いたらまた指示します。』


「わ、わかった!」


 こうして俺は、怒り狂う王女に追われて、異世界の平原を駆け抜けた。

 石畳の街道に出てからも、俺は街を目指してひたすら走った。


 振り返るたびに、そう遠くない距離にすさまじい形相の王女がいた。


「待たんかい、コラア!」


「どんな脚力してるんだ!?」



 

 そしてあとは、最初の場面に戻るというわけだ。対人麻酔弾の超長距離射出作戦のことは走りながらヒヨコ丸に聞いたのだった。


 説明に思いのほか時間がかかってしまったが、ここからが俺の更なる悪夢の始まりだった。




「こんなものかな。」


 できばえを見て、俺は自己満足した。


『なかなかじゃないですか。』


「わかるか?」


『いえ、ぜんぜん。』


 俺は思いきりヒヨコ丸のキャタピラを蹴ったが、自分の足が痛いだけだった。


「あいたたた!」


 俺の声がうるさかったのか、地面の毛布がモゾモゾ動くと中からプラム王女が起きあがってきた。

 王女は不機嫌そうな顔であたりをみまわした。


「あれ? ここは…?」


「お目覚めですか、お客様。」


 王女は俺をにらみつけたが、すぐに別のものに気がついて、毛布を跳ねのけてそちらへ駆けよった。


「なんと…。」


 それは、ヒヨコ丸が壊してしまったプラム王女の両親のお墓だった。俺は丁寧にまわりの草を刈り、木の棒の代わりに石を積み、周囲にたくさん花束を置いたのだった。


 俺は王女が短剣を抜いていないことを確認してから、そっとそのそばに立った。


「せめてもの償いです。いけませんでしたか?」


 王女は肩を震わせはじめた。

 俺はまずい、と焦ってあとずさりをしはじめた。


 突然、王女は俺にとびついてきた。刺された!と思ったが、王女は俺にしがみついて盛大に泣きはじめた。


「お客様…?」


「父上…母上…。」


 俺はどうしていいかわからず、泣き続ける王女の思いのほか細くやわらかい肩にそっと手をおくことしかできなかった。


 

「はじめてだ…わが身一つで王宮を追われてから…こんなに真心のこもったおこないを受けたのは…はじめてだ…。」


「お客様…。」


 王女はひとしきり泣いたあと、俺に深々と頭をさげた。


「申し訳なかった。我はお主を誤解していたようだ。ゆるせ。」


 10代かそこら(実年齢は101歳だが)の子どもが両親を殺されて国を追われ、ひとりで逃げてきたのだ。心がすさむのも無理はない、と俺は王女にいたく同情した。


「いや、わかって頂けてよかったです。では、料金のご説明を…。」


 ホッとした俺だったが、プラム王女の次の言葉に目が点になった。


「うん。さあ、奴らを皆殺しにいくぞ!」

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