第5話 料金システムのご説明
社長はいつのまにか姿を消していた。
俺は帰ろうかと思ったが、ヒヨコ丸の巨大な砲塔が俺を狙っているような気がして身震いがした。
仕方なくバックパックを背負うと、俺はヒヨコ丸によじ登った。てっぺんのハッチが音もなく開いて、俺は中に潜り込んだ。
中は意外にも広く、空調があるのか快適な室温だった。壁はモニターだらけで、操縦桿のようなものもあったが、俺が知っている戦車とは似ても似つかない構造だった。
「説明書は…?」
座りごごちが最高の操縦席に座り、俺はバックパックの中をかきまわしたが出てきたのはタオルに歯磨きセット、スナック菓子に紙パックのお茶と、冷凍みかん、腕時計、走り書きのあるメモ用紙だった。
「遠足かい!?」
俺の嘆きに巨大戦車…ヒヨコ丸が反応した。
『ちがいます。株式会社戦車屋の、戦車出張代行サービスです。ちなみに特許出願中です。あ、操縦その他は僕がぜんぶやるから、タケちゃんは寝てていいよ。』
ここで寝るほど俺は豪胆ではなかった。
「どこへ行くって?」
『だ、か、ら、異世界だってば。お客様のところ。入社説明書を読んでないの?』
「イセカイって…? 三重県の伊勢界隈?」
『ちゃうわっ! 失礼、ちがいます! 異世界とは、僕たちの存在する世界に並行して存在する別次元の世界です。言語も文明も種族も政治形態も貨幣制度も全く異なるところです。』
鏡があれば、俺はずいぶん呆けた顔になっているのがわかったにちがいない。
『僕たち株式会社戦車屋は、その異世界のお客様からのご依頼で出張して、戦車でお客様のお手伝いや手助けをするサービスを営業している会社です。どう、わかった?』
「はあ…。漫画や小説じゃあるまいし。異世界なんて本当にあるのか? だいいち、どうやって行くの?」
『僕は核融合エンジン搭載で異世界間転移跳躍航行ができるので任せておいて。今回のお客様はこの方。あらかわいい! 初仕事、楽しみですね~。』
前面のモニターに知らない人物の顔と全身像が映し出された。金色に輝く髪をツインテールにした子どもで、ゆったりとしてなめらかなシルクのような衣服を身につけており、耳が少しとがっていた。
「種族…エルフ族? 年齢は…101歳!? 名前は… プラム王女!?」
『エルフだからそんなもんでしょ。ダークエルフの親族と魔王が結託して、王国をのっとっちゃって、王宮から追い出されたらしいよ。』
「で、俺たちは何をしに?」
ヒヨコ丸の声が呆れた口調を帯びた。
『察しがわるいなあ。決まってるじゃん。お客様のご依頼どおり、プラム王女が王国をとりもどすお手伝いをするんですよ。』
「俺、帰る。」
『もう着きましたよ。』
「ええええっ!?」
すっかり油断していた俺は、外部を映していると思われるモニターにとびついた。画面いっぱいに、美しい金色の平原が広がっていた。
「いつのまに…。」
うなだれる俺に、ヒヨコ丸の明るい声が追い打ちをかけた。
『静音モードでしたから。さあ、必ず腕時計を身につけて、なくさないようにしてくださいね。その腕時計が僕との通信機になってるから、なくすと命の保証はできないよ。』
「俺、一歩も外にでないというのはダメかな?」
『お客様対応とか、そーゆーの僕はできないからお願いしますよ。料金システムの説明とかも。』
俺はメモ用紙を思い出した。汚い字の走り書きを見ると、
『異世界出張費 100万円
人件費 2万円/1日
燃料代 1万円/1km
通常砲弾 90万円/1発
特殊砲弾 時価
危険任務手当 応相談
サービス料金 合計額の10%
…』
と書かれていた。その下には
『ただいまキャンペーン期間中、モンスター5匹まで討伐無料と説明すること』
とも書かれていた。
『さあ、お客様が外でお待ちかねですよ。腕時計は翻訳機にもなっています。はやくご挨拶をしてきてください。』
俺は漢字で戦車屋と書いてある帽子をかぶると、しぶしぶ梯子をのぼってハッチを開けた。燦々と照りつける日の明るさに一瞬目がくらみ、俺は帽子のつばに手をかけた。
どこまでも続く美しい平原を見ても、ここが異世界だという実感は全く湧かなかった。俺は顔に風を感じながら、手のこんだいたずらで騙されているのではないか、そんな気がした。
俺が平原に降り立つと、誰かがすすり泣くような声が聞こえてきた。
「あのう、お客さま…?」
接客業が未経験の俺はかなり遠慮がちに、泣いている子どもの背中に声をかけた。平原と同じ金色の髪がゆれ、相手は俺の方に振り返った。
「はじめまして。俺…私は戦車屋の梅松…いや、ジョニーです。」
金色の大きな澄んだ瞳が俺を直視していた。
子どもは泣き止むと、無言で戦車のキャタピラを指差した。
俺は意味を理解しようとその指の先を見た。そこには、ちいさな木の枝がキャタピラに轢かれて倒れていた。
俺はそれが理解できず、その子ども(おそらくプラム王女)に無理やり作った笑顔を見せた。
「これは?」
「お墓…だったのに。」
「あっ! ごめんね、小鳥かなにかのお墓かな?」
王女が次に放った言葉に、俺は全身が凍りついた。
「我の父上と母上の墓じゃ、コラア!!」
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