第4話 その名はヒヨコ丸


「覚悟はできたか。この●@▲#&めが。このくされ◆○▼の…」


 相手は金髪のツインテールをふり乱しながら俺を罵倒し続けて、途中からは興奮しすぎてよくわからない言語になっていた。

 どうやら翻訳機の限界を超えたようだった。


 彼女の小さな唇から溢れだすのはおそらく、エルフ語の聞くにたえない暴言だろうと俺は見当をつけた。


『僕が訳しましょうか? かなりへこむと思いますが。』


「いや、いい! それより計算は!?」


 戦車の配慮を断り、俺は絶叫した。すぐ目の前にキラキラ光る短剣が迫っていた。


「ジョニーとか言ったか。まずは貴様の目玉を生きたままえぐりだしてやろう。前髪をあげろ。」


 俺は時間稼ぎのために、ブルブル震えながら前髪をあげた。ツインテールの子どもは息をのみ、動きをとめた。


「貴様…その顔の傷は…なんと不憫な…」


 子どもは最後まで言うことができなかった。急にビクッとして眠たげな目になり、俺のほうにバッタリと倒れてきたからだった。


 俺は子どもの体を受けとめると、背中に刺さった注射器のようなものを抜いて慎重に地面に寝かせ、腕時計に叫んだ。


「やった! ありがとう! 弾道計算ばっちりだ!」


『いやあ、これくらい僕にとってはピースオブケイクですよ。』


 それにしても危なかった。俺は額の汗を拭くと、子どもを背中におんぶした。



 怒り狂う子どもを人がいない街の路地に誘導し、遠方の戦車から対人麻酔弾を超長距離射出してもらう作戦だったが、見事にうまくいって本当に俺はホッとした。



「そっちに戻るよ。あと、その前に、この辺りにお花屋さんはあるかな?」


『は? 花屋ですか?』




「こっちやで。」


 会社の制服に着替えて、俺は社長のあとについていった。制服は野球帽みたいな帽子に、体は砂漠迷彩柄のつなぎだった。


 俺たちはガタガタのエレベーターで延々と地下に降りて、格納庫みたいなだだっ広い場所に出た。

 煌々とライトで照らされて明るい中に、向こうの方に巨大なブルーシートで何かが隠されていた。


 こんな古ビルの地下にこんな設備があるとは、俺は驚きながらもますますこの会社がうさんくさくなった。


「大丈夫や、タケちゃん。うちは社員を大切にする会社やさかいな。」


 俺の思いを察したのか、社長は馴れ馴れしく俺の肩に手を置いて勝手にあだ名も口にした。俺はさりげなく社長の手を振り払った。

 

「社長、いったいここは?」


「まあまあ慌てなはんな。いま説明するよってな。おーいヒヨコ丸! 仕事やで!」


 遠くから機械音がしてブルーシートが外れて、ガタガタと何か黒い塊が動き出した。 

 俺は反射的に社長の背後に隠れた。


『あ~、よく寝た。はーい、やっとお仕事? 僕、まちくたびれたよ。』


 床が振動し、重いキャタピラの音が聞こえてきて、こちらに向かって巨大な黒い塊が滑るように移動してきた。


 巨体の全体を覆う滑らかな装甲は塗装されておらず鈍く光を反射しており、平べったい砲塔からは長い主砲が突き出ていた。


 俺は口をあんぐりと開けて左目をこすったが、目の前にとまったそれは間違いなく戦車そのものだった。それもかなり大きかった。


『君が営業のタケちゃん? よろしくね。びびってるようだけど大丈夫?」


 俺の勘違いではなく、明らかに戦車が俺に話しかけていた。


「コラコラ、失礼なやっちゃな。初対面やでほんまに。」


 あんたもそんなに変わらないだろう、と俺は思ったが口にしたのは質問の嵐だった。


「社長、こんなかたちの、しかも喋る戦車は見たことも聞いたこともありません。どこで手に入れたのですか? それに、俺の仕事はいったい何を?」


「洗車屋やと思うてたか? どはははは。」


 全く笑えないオヤジギャグに俺は心底イラついたが、社長は急に真面目な顔になった。


「梅松くん、君は今日から暗号名ジョニーや! 戦車屋ジョニー、頼むで!」


「はあ。」


 反応がうすい俺に、社長は某世界的有名スポーツブランドのロゴマーク入りの赤いバックパックを押し付けた。


「じゃ、あとはよろしくやで。」


 帰ろうとする社長の腕を俺は思い切りひっぱった。


「ま、待ってください! だから説明を。」


「なんや、こまかいやっちゃな。だいたいわかるやろ。」


「わからないですって!」


「ヒヨコ丸、説明したってえな。」


 俺は社長をあきらめて、助けを求めるように戦車を見た。


『はい。僕は高度な自律型AI搭載後期甲種派生型改、子(ね)の四七式重装甲機動強襲戦闘車輌、通称ヒヨコ丸です。』


「ヒヨコ丸…?」


『いい名前でしょ。さあ、タケちゃん。今から僕と異世界に出張です! 行きましょう!』


 俺はこの時、入社書類にサインしたことを心から後悔し始めていた。

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