第3話 あやしい社長


「袋小路やん!?」


 俺の絶叫に、戦車は冷笑で答えた。

 機械が冷笑? 

 だが俺にはそうとしか感じられなかった。


『さっきから言ってるじゃないですか、タケちゃん。僕の計算に間違いはありえないって。』


「ジョニーな。だって、ここじゃ逃げ場がないし、あの凶暴ゴリラに追いつかれて切り刻まれるのが目に見えて…。」


「誰がゴリラじゃコラア!!」


 腕時計を下ろして、俺はこわごわと後ろを見た。いちばん見たくない相手が腕組みをしながらそこに仁王立ちしていた。


 俺は唾を飲み込むと、猛獣の気を鎮めるためのあらゆる手段を頭で考えた。


「お、お客様。まずは落ち着いて、いっしょにイチゴパフェでも食べながら話しましょう。さっきそこによさげなカフェが…。」


「貴様を殺してからゆっくりと食うわ。このくされ外道めが。」


 相手は短剣をスラリと抜くと、じわじわと確実に俺のほうに迫ってきた。


「あ、食うのはイチゴパフェという意味で、貴様を食うという意味ではないからな。」


 俺はその迫力に押されて震えあがり、あとずさりしたが、すぐに背中に壁の冷たい感触がした。腕時計から声がした。


『絶対にそこから動かないで下さいね、タケちゃん。ただいま再計算中~。』


「うごかない! というか動けない! 早くしろ!」


 俺は恐怖で硬直し、迫り来る短剣の持ち主を凝視するしかなかった。


 憎悪に歪んだその顔の表情をのぞけば、相手はごくごく普通の…いや、間違いなく俺の世界でもかなりかわいい部類にはいる…キラキラ光る金髪ツインテールの子どもだった。




「治療…ですか?」


 俺の期待に満ちた目を社長はにやけながら見返してきた。


「そやで。君、ええ顔しとんのにもったいないわー。でも、うちで働くなら足を治すのが先やな?」


「いや、まだ入社するとは…。」


 社長はソファにもたれて懐からどら焼きを出してかじりだした。


「あんさんも食うか?」


「いえ…。」


 社長はモグモグしながら立ち上がり、給茶器を操作してふたつの紙コップに熱い緑茶を満たした。


「世間はつめたいわなあ、ワシは覚えとるで、何年前やったかな、あの市庁舎前の戦いをな。あんさんは敵の戦車を何輌やっつけたんや?」


「12輌です。」


「まさしく英雄やわな! それが戦後賠償交渉が妥結して国交が回復した途端にのう。弱腰の政府は、君らをテロリストやと強弁する元敵国に引き渡しかけたんやったな。」


 俺は紙コップを受け取ると無言で茶をすすった。


「ま、首相が交代してよかったで。とにかくあんさんは英雄にまちがいないわ。ワシはそんなあんさんを心から応援したいんや。恩給もきれるんやろ、な?」


「ありがとうございます…。」


 なぜ恩給切れのことを知っているのだろう、と疑問に思いながらも俺は社長に頭をさげた。英雄英雄、と繰り返されて素直に嬉しかったが、俺は社長の芝居じみた物言いに少しひっかかっていた。


 だが結局、俺は破格の給料額に目がくらみ、書類にサインしてしまった。



 応接室から出た俺に、社長が誰かと話す声が聞こえてきた。


「…ああ、決まったで。大丈夫や、…うん、それは話しとらんわ、あたりまえやないか。ま、どうせすぐに気づくやろうけどな…」




 医務室は白一色で機材もベッドも白く、部屋に溶け込んでしまったかのようだった。白衣の係員はニコリともしなかった。


「足、治すから。服を脱いでそこに寝て。」


「足も顔の傷も、医者は治らないって言ってたけど?」


「いいから、さっさとして。」


 係員はボサボサの髪をガリガリかきながら機械を乱暴に操作していた。俺は仕方なく、服を脱ぐと右足をひきずりながら部屋をよこぎり、冷たいベッドの上に横になった。


「はい、完了。」


「えっ? もう?」


 試しに俺はベッドから床に降りて歩いてみた。痛みも違和感も全くなく、普通に歩くことができた!

 俺は嬉しくなって部屋を走り回ったが、やはり足には何の問題もなくなっていた。


「いったいこの会社はどういう…?」


「はやく服を着てよ。」


 係員はウンザリした口調で何も教えてくれなかった。俺は服を着ながら係員に聞いてみた。


「顔の傷も治せるのか?」


「ああ、アンタがきちんと仕事をすりゃあね。社長がそうするだろうさ。」


 この時の俺はその言葉に有頂天になっていて、その代償がいかに大きいものか考えもしなかったのだ。

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