第2話 戦車屋のチラシ
俺の名前は梅松竹緒(うめまつたけお)。
その時の俺は残念ながら無職だった。
その時とは、俺が自分の住んでいる退役軍人用公営アパートの狭い部屋にあるちゃぶ台の前で手を合わせている時だった。
「いただきます!」
俺は背筋を伸ばして、必ず食事の前には言うセリフを口にした。目を開けると、水の入ったコップ、炊き立ての白米、もやしの炒めもの、納豆、さつまいも(焼き芋)がちゃぶ台の上に並んでいるのが見えた。
変わり映えしない夕食のメニュー。だがその時の俺にはこれが精一杯だった。俺はため息をがまんして、つい先ほど郵便受けから取り出した手紙やチラシに目をやった。
俺は水をひとくち飲み、納豆をかきまぜたがどうしても手紙が気になり、箸を置くと封をやぶった。
『傷病退役軍人のみなさまへ。総務省軍人恩給局からのたいせつなおしらせ』
俺はその薄い紙の書類を読み進めたが、途中でビリビリに破くと丸めてゴミ缶に投げ入れた。
急速に食欲がなくなり、俺はちゃぶ台に頭をぶつけた。
「今月で軍人恩給は打ち切り、公営アパートも出ていけなんて…。」
俺はたちあがり、右足を引きずりながら洗面台に立った。水垢で汚れた鏡の中に俺の顔が映っていた。
俺は前髪を持ち上げた。
何度みても、そこには消せない傷跡があった。右目を跨ぐようにある縦一文字のみにくい傷跡。
右足の後遺症と顔面の傷跡のせいで全く仕事は見つからなかった。なのに、外の郵便受けには「税金でタダ飯食らい」「はたらきやがれ」と落書きされていた。
俺は鏡を拳でなぐりつけたが、プラスチック製の安物が幸いして割れることは無かった。
俺はちゃぶ台にもどり、座ると汚い壁をながめた。そこには変色した新聞記事が貼られていた。
『市庁舎前広場での壮絶な戦い』
『侵略者から市民を命がけで守った英雄たちを国民栄誉表彰』
俺はゴロリと仰向けになり汚れた天井を見つめた。
「なにが英雄だ。平和になった途端にこの扱い…。ふざけやがって。」
俺はしばらく考えたあと、立ち上がってタンスに近づき、きしむ引き出しを開けた。
中には、退役するときにくすねた、油紙に包んだ拳銃と手投げ弾がいくつか入っていた。
他の似たような境遇の者たちのため? いや、その時の俺はただただ自分のやり場のない怒りをぶつける相手がほしいだけだった。
「見てろ。役所の連中め。」
俺は紙包みに手を伸ばしかけたが、ふとまだ見ていなかったチラシがなぜか気になった。ちゃぶ台にもどり、俺はチラシを手にとった。
「株式会社…戦車屋?」
チラシの情報量は少なかったが、読み進めると楽な仕事の割にはかなりの高待遇という事だけが書いてあった。
特に俺は、次の一文に目が釘づけになった。
『傷病退役軍人の方は、入社いただけたら今なら後遺症無料治療キャンペーン実施中!』
「面接は予約不要、24時間受付中!?」
俺は食事をかきこむと、チラシをつかんだまま上着を羽織って外に飛び出した。
町はずれの小さなテナントビルの地下に、その会社の事務室はあった。
ビルは目の錯覚なのか傾いているのではと思うくらい古くて汚かったが、案内された応接室はピカピカでカフェバーのようなお洒落な内装で珍しい植栽が所狭しと並べてあった。
「いやあ、よう来てくれはりましたなあ。わて社長でんねん。」
応接室に、白いポロシャツに黒い綿パンのオヤジがニコニコしながら現れて俺に名刺を渡した。いかにもあやしい、白髪まじりの三角アゴヒゲに派手なメガネだった。
「あ、こんばんは。すみません、いきなり来て…」
「はい、採用。」
「ええっ!?」
黒革張りのソファの上でうろたえる俺に、オヤジは書類の束をつきつけた。
「はいはい、こことここにサインしてな。君の部屋はつきあたりの…」
後で思えば、ここで俺は帰ればよかった。
だがそのオヤジ、いや社長が言った言葉に俺は激しく反応してしまった。
「あ、すぐに医務室にも行ってな。その足か、顔の傷か、どっちかをタダで治すさかいに。」
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