第34話 混沌する宴 2
「一族の力ではないな」
安倍統司はそう言うと、紅葉の傍へと歩み寄り、人差し指と中指でトン、と紅葉のそこを軽く押した。
すると、触れられたところから黒い光がポウ……、と浮かび上がる。
「これ……」
紅葉は、全国の出来事を思い出した。
トキと名乗った男と出会った、あの時のことを——。
♢ ♢ ♢ ♢
四季は、自分に取り巻く姫君たちの甲高い声に必死に堪えながら、笑顔を作り続けていた。
彼女たちが振りまく高く甘い声、よくそんなにつらつらと出てくるなと思う家柄自慢、纏っている香の、我の強さを示すような匂い——。
そのどれもが、四季の神経に触れて不協和音と化している。
ちらりと、隣に座る暁を見ると、それはそれは大層愉快そうに姫君たちと談笑している。
そうだ。そういえば、暁は女子との戯れが得意なんだった、と思いつつ、下がりそうになる口角を上げ続ける。
ここまで表情筋を使ったことがないため、油断すれば頬の筋肉が攣りそうな勢いだ。
先ほどから、他のテーブルに座している姫君たちが、安倍統司にと目通りするために花道を通っているのが見受けられる。
どの姫君も緊張した面持ちで、それだけ家のこれからの行先を左右することなのだと、今更ながら肌で感じる。
そして、今、自分たちの横で賑やかに談笑している姫たちもまた、気持ちは同じなのだ。
そう思うと、四季は少し複雑な気持ちになった。
暁は分からないが、少なくとも四季自身は未だ結婚など考えたことはなかったし、この姫君たちとの未来など、到底想像できたものではない。
自分などではなく、もっと別の殿方との距離を詰めた方がいいのではないかと思うが、あいにくここには自分たち以外、年頃の殿方はいない。
四季は、ふと紅葉の方が気になり、さりげなく視線をそちらへ移す。
だが、その行動を少し後悔する羽目になった。
紅葉は、いつの間に打ち解けたのか、あの青年と身を寄せ合って談笑している最中だった。内緒話でもしているのか、時折口を耳元に寄せ、そしてまた笑い合っている。
先ほど何かを話しかけた暁も、今では隣で姫君たちとの会話にすっかり気を乗せている。そのおかげで、四季は未だにあの青年が何者なのか、分からずじまいでいた。
(……クソ)
四季は心の中で毒づく。すると、左の袖の方を少し引っ張られながら、横から声をかけられた。
「四季様? お話を聞いてくれてますか?」
隣を見てみると、上の空だった四季に、姫君の一人が少し不服そうに呟き、四季を上目遣いで見上げていた。
「ああ、すみません。少しぼーっとしておりました」
慌ててそちらに笑顔を返し「もう一度お聞かせ願えますか」と告げる。
「もう! ですから、四季様は今、許婚はいますか、ということをお聞きしたいのです」
姫君は、プリプリと頬を膨らませながら、しかし少し恥じらうように四季へと問いかけた。
いやにストレートな物言いに、四季はすこし呆気に取られる。
——これは、どう返答するのが正解なのだろうか。
現状、四季には許婚と呼べる娘はいないし、四季の今の気持ちから言えば、まだそんなことは考えられない。
だが、恐らく御門家次期当主としての判断であれば、ここで気のある返事の一つや二つ、しておくべきなのだろう。
結婚の意思があると周囲に伝えておけば、より家柄の良い娘が、未来の御門家の伴侶に名乗りあげるかもしれない。
やはりどうしても、元素の力の大小は家柄によるものが大きい。ここで見繕うことも一つの手だと、不本意ではあるが頭の中では分かっている。
だが……。
「……今はまだそのような姫君はいませんが、考えてはいません。家業が優先なので、まだまだ未熟な僕は、勉強しなければならないことが多くて」
「……まぁ、熱心なのですね」
四季は、あくまでやんわりと、断りの文句を並べた。
勘が良い姫君なのだろう。その言葉を理解したのか、途端に気のあるそぶりを見せなくなってしまった。
そうして、今度は暁の方へと移動し、数多くいる女の子たちの一員に加わる。
これが本来の、四季が身を置く一族の女子たちとの距離感。一族のために、少しでも上流の家との縁談を進める、彼女たちの生き方。
四季は目を伏せ、ふぅ、とため息を一つこぼした。誰にも気取られないように吐いたはずのそれは、意外なことに、たった一人には届いていた。
「あの、お疲れでしょうか……?」
か細くて、とても控えめな声。下げていた双眸を上げると、そこには、先ほどぶつかって事なきを得たあの女子が、肩を縮こませながらこちらを伺っている。
「貴女は……、先ほどの」
「はい、あの、ええと……ッお隣、よろしいでしょうか……!」
女子は耳まで赤くして、だがしかし、今度は弾かれたようにはっきりと物申す。まるで敵討ちでも始めるのかと思うほどの勢いに、四季は軽く圧倒されてしまった。
「はい、どうぞ」
四季はその勢いに乗せられたまま、開いた自分の左の席を差し出す。
「あ……、ありがとうございます!」
女子はパッと顔を明るくし、四季の隣にちょこんと腰を下ろした。初めて見た時も思ったが、なかなか小柄な女子だ。
「先ほどは本当にすみませんでした」
隣に座った直後、女子は深々とその場で頭を下げる。あまりに見事なその土下座っぷりに、四季は慌てて首を振った。
「いや、こちらこそ。僕が周囲を確認してなかったんです」
「いやでも、私もそそっかしく歩き回ったりしてたから……! よく言われるんです、チビだから見えないんだって」
その女子の言葉に、思わず「まぁ……」と心の声が漏れてしまった。四季の反応に「やっぱり!」と女子はまた頭を下げそうになる。
「ああ、いや、別に身長のことはしょうがないですよ。頭を上げてください」
四季は女子の方を支えて彼女の上体を起こした。
近くで見ると、クルンと上がったまつ毛が印象的で、プクッとした頬が更に彼女の幼なげな印象を強調している。
「名はなんと言うのですか?」
四季の問いかけに、女子はパッと表情を明るくした。表現の仕方は申し訳ないが、なんだか飼い主に忠実な犬みたいな子だと、四季は思った。
「
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