第32話 宴、開幕 6

 宴が始まり、早一時間が経過した頃——。

 紅葉はほとほと、困り果てていた。


「紅葉さん、普段は現場に出て怨霊と戦っていらっしゃるの?」

「まぁ! 凄いことですわね!

「女はほとんど、護符を作るか花嫁修行で忙しいのに」


 同じテーブルに着いていた姫君たちが、皆揃って紅葉の方へと目を向けていた。

 その無垢な瞳は、時に紅葉の心をえぐるような言葉を投げかけてくるものだから、実に心臓が痛い……。

 だが、それも悪気があって言っている訳ではないと分かるからこそ、やはり他の姫君の考え方と紅葉の在り方の差を、ありありと感じる。


「は、はは……」


 その勢いに飲まれ、もはや紅葉は苦笑いを浮かべるしかない。

 その紅葉の様子を見て、紅葉の隣に腰を下ろしていた青年がふわりと笑みを浮かべて、助け舟を出してくれた。


「皆さん、そんなに矢継ぎ早に話しかけては、紅葉さんの目が回ってしまいますよ」


 その青年の言葉に、姫君たちは素直に「あら、ごめんなさいッ」と謝罪を述べた。そうして今度は、両隣に並んだ各々で、あのコスメがいいやら、あの芸能人がいいやら、談笑を始めた。

 全く、話題がコロコロと変わって、よく話が尽きないものだ。


「大丈夫ですか? 紅葉さん」

「ありがとう……。ひいらぎ


 紅葉が名を呼ぶと、柊と言われた青年はニコリとあどけなく笑った。

 先ほど、暁から紹介された、士門家と懇意にしている家の出の男の子らしい。

 小柄な見た目と柔らかな物腰に、紅葉も警戒せずにすぐに打ち解けられた。


『俺と四季は、しばらく別行動になってしまうから、何かあったら柊に言いな』


 その暁の言葉を思い出し、紅葉はちらりと、暁と四季がいるであろう上座の位置を盗み見る。

 紅葉の座っている位置から距離があるその場所には、素敵な姫君たちが周りを取り囲んでいて、二人の姿を確認できない。

 紅葉は人知れず、ため息をこぼす。それは完全に無意識だった。


「気になりますか? 紅葉さん」


 ふと、隣から柊に声をかけられる。


「え?」

「ため息が」


 そう言われて初めて、自分が息をついていたことに気づいた。こんな場でため息をつくなんて、失礼な行為だったかも知れないと、紅葉は慌てて謝罪をする。


「あ、ごめんなさい。完全に魂が抜けてたわ」


 その紅葉の弁明に、柊はふふふ、と上品に笑った。


「魂が抜けて……。やはり紅葉さんは面白い方ですね」

「そうかな?」


 柊の笑顔に、紅葉もつられて表情を和らげた。

 柊は不思議な人で、まるで魔法でも使っているかのように、人の心にするりと溶け込んで、そして柔らかく解してくれる。


「柊こそ、不思議だわ。初対面でこんなに話しやすい人は、今までいなかったかも」


 その紅葉の言葉に、今度は柊が「そうですか?」と小首を傾げた。その姿も、まるで小動物のようにキュルンとしていて、殿方に言うものではないかもしれないが、すごく可愛らしい。


「そうですね……強いて言えば」


 柊は紅葉に身を寄せ、紅葉にしか聞こえない声量で、そっと囁いた。


「ニコニコっと笑っていれば、大抵のことはどうにかなりますよ」


 そうして、寄せていた身をスッと離して紅葉と距離を取ると、今度はニッと片頬を釣り上げて、悪戯っぽく笑う。

 紅葉は呆気に取られたように目をまんまるくして、そしてふふっと口に手を当てた。


「そんな顔もできるのね」

「任せてください。僕は"影"ですからね」


 その柊の言葉にまた紅葉が笑っていると、小さな少年がテーブルにやって来た。ペコリとお辞儀をして、紅葉を含めた姫君たちに物申す。


「本日はお越しいただきありがとうございます。皆さま、本家ご当主さまのところへご案内しますので、どうぞこちらへ」


 少し高い声色で、淡々とした話し方。

 先程聞こえてきた、あのスピーカー音と同じ声だ。こんなに小さな子が、堂々と司会進行をしていたのかと、紅葉は驚いた。


 先ほどから姫君たちが、順に安倍統司の所へと足を運ぶのが見えていた。なるほど、テーブル毎に安倍統司のところへと挨拶をしていたのか。

 少年は、紅葉たちを先導して歩いていく。

 紅葉は不安感を拭えず、チラリと柊の方を盗み見た。

 柊も紅葉の方を見ていたようで、バッチリと視線が合わさった後、にっこりと笑顔でひらひらと手を振っている。だが、柊の唇が、微かに動いていたのが確認できた。


《頑張って》


 柊は、小さく、だが確かに紅葉へとエールを送った。

 紅葉は少し目を見開き、そして柊に向かって《行ってくる》と合図を送る。


 安倍統司の元へは、中央に設置されている花道を通らなければならない。

 他の家の者が談笑している中、チラチラと視線を向けている。

 どんな女子がいるのか、気になるのだろう。中には、蔑んだような目で見てくる者もいる。自分たちの方が先に謁見出来た、という、驕りがあるのかもしれない。

 このような扱いは紅葉自身は慣れていたが、他の姫君たちは違う。

 紅葉の先を歩く姫君たちは、歩いている最中も肩を縮こませて、視線から逃れるように早足に歩いている。そんな彼女たちを見て、紅葉は心が痛んだ。


(こんな、見せしめのようなやり方……)


 花道の終わりが見え、やっと階段を登ろうとしたその時、今度は向かって右側から、ものすごく視線を感じた。だが、卑しい視線ではなく、どこか安心するような気配だ。

 紅葉がそちらを見てみると、楽しそうにひらひらと手を振っている暁と、スンとした様子で、営業スマイルを披露している四季の姿が見えた。二人の両隣には、恐らく分家の中でも位が高いのであろう姫君たちが、寄り添うように座っている。

 ふと、四季がこちらに視線を寄越す。紅葉があまり見たことのない、柔らかく、そして優しげな顔。


(鼻の下伸ばしちゃって……)


 紅葉はなんだか面白くなくて、フンッとそっぽを向いて、階段を急いで登った。

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