第31話 宴、開幕 5
どうやら、この会場に張り巡らされたスピーカーが作動しているようだった。
スピーカーの歪な不協和音はやがて収まっていき、少し幼げな少年の声が、会場の誰もの耳に入って来る。
『大変長らくお待たせいたしました。すべての出席者の出席確認が取れましたので、只今より、本家当主様、安倍統司様主催の宴を始めさせていただきます。それでは皆様、ご自身の席へと着席してくださいますでしょうか』
皆、案内に従って四方に散らばる。よく見てみると、等間隔に設置されているテーブルの上には、名札が置かれている。
同伴者のものもあるのか、連れ立って席へついている者が多い。
一旦、紅葉を探そうと四季は辺りを見渡す。すると、紅葉は先ほどの小柄な青年と、肩を並べて座っているのが見えた。
「紅葉……」
「おっと、四季はこっち」
紅葉に声をかけようとした途端、四季の声を妨げたのは、どこから現れたのか、にこやかな笑みを浮かべた暁だった。
「でも紅葉は……」
「紅葉はあの子に任せて、僕らは別のところ」
そうして、暁は四季の肩を掴んだまま、紅葉から遠ざかるように足を進めていく。
「おい、どこいくんだよ」
「どこって、僕たちの席だけど」
「紅葉と違うのか?」
四季の問いかけに、暁は当然、といった表情を浮かべる。
「言ったでしょ。紅葉の付き添いで終わりじゃないって」
「……」
そういえば、そうだった。と、四季は理解した。
暁に連れられて来たのは、紅葉の座っている位置に比べると、大分上座の部分。安倍統司が現れるであろう本堂の間から、目と鼻の位置だった。
そこへは、ちゃんと自分の名札が、堂々たる様子で立て掛けられている。
あたりを見てみると、分家筆頭のそのすぐ下の家の者から、順に並んでいるのが分かる。
「何で紅葉はあんなに下座なんだ」
暁は、その質問に少し表情を曇らせる。
「分家筆頭の家の子だとしても、紅葉は元素を持っていない。この並び順を決める際に、ちょっと揉めてね」
明らかに不服そうなその声音に、暁も内心は穏やかではないことが分かる。
そうか。だから母の百合子を連れ出さなかったのかと、四季は納得した。
分家筆頭ともあろう家の者がこのような扱いを受けているとなれば、それこそ気が強い百合子のことだ。ここで暴れ出しかねない。
一族の長たちも、どうしてもそこは譲れなかったらしい。四季は大きくため息をつき、自身たちの隣に顔を並べている老人たちを睨みつけた。
「まぁ、紅葉には俺の信頼出来る者を付けてるから、安心して」
暁が、四季が気を揉んでいたことを、さらりと口にする。
「……誰なんだ?」
四葉にはああ言ったが、正直気になる。特に暁にそれほど言わしめる人物なら、なおのことだ。
暁は、四季の方をチラリと見て、ふふふ、と口元を緩ませた。
「気になるのかい?」
「べ……、つにそんなんじゃ」
若いねぇ、と暁はコロコロと笑う。前列に座っている女子たちが、その暁の様子を見てポッと頬を赤く染めるのが見えた。
「揶揄うなよ」
「悪い悪い。あの子は——」
暁が真実を告げようとしたところで、会場の照明が暗くなる。突然のことに、会場がざわつき始める。
だが、次の瞬間、本堂の真ん中、一番高い位置に、人が現れた。
誰もが、その姿、立ち居振る舞い、存在感に息を飲む。
そしてその後、皆一斉に頭を垂れて、その場にひれ伏した。
「皆、よく集まってくれた」
凛とした、しかし抑揚のない声が、辺りに響く。頭を低くしていてその姿は見えないはずなのに、先ほどの一瞬の間に見えた黄金色に光る着物が、鮮明に蘇って意識を離してくれない。まるで脳裏にこびりついているみたいだ。
「
その声が引き金となり、皆一斉に頭を上げ、まっすぐ目の前にいる人を見つめる。
安倍統司。その方が、悠々と目の前に立ち、全ての人を見下ろしている。
「今日は、存分に羽を伸ばすと良い」
そう言って、安倍統司はその場に腰を下ろす。すると、彼の傍を、ゾロゾロと従者が取り囲み、その場に膳を並べていく。
それと共に、四季たち下々の者の前にも、見目美しい料理たちが並べられた。
食欲の秋とはよく言ったもので、今が旬の食材をふんだんに使用した、香ばしい匂いを放っている料理たちが出て来て、思わず感嘆の声を上げそうになる。
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