第30話 宴、開幕 4
暁は娘の手を離し、そして軽くお辞儀をして二人から距離を取った。
紳士然とする振る舞いに、二人は目を奪われている。心なしか、暁が手を離したその時、娘の表情が名残惜しそうな、そんな憂いを帯びていた。
そうして、暁はこちらへと気付いた後、これまたニコリと愛想のある笑みを浮かべて、右手を顔の前に差し出した。
「紅葉、ちょっとこっちへおいで」
暁は、ちょいちょいっと顔の前に掲げた手のひらを手前にまげて、紅葉を呼び寄せる。何事かと思ったが、紅葉は「はーい」と返事をして、四季と四葉の元を離れる。
「……そんなことないって、何で言わないかな~」
四葉が言葉の針をチクリと刺すように、横にいる四季に向かって物申す。
対する四季も、どことなくバツが悪そうに、視線を斜め下へとずらした。
「今のは完全にタイミングを失った」
その四季の言葉に、四葉は盛大にため息を吐いた。そうして、自分よりも背の高い四季を下からねめあげるように睨み、まるで「全く、この子は」と憐れんでいるような視線を寄越す。
「……分かってるって」
「まだ何も言ってないけど」
四季は面白く無さそうに、場を離れた紅葉の後を視線で追った。
視線の先には、暁と紅葉、そして、若草色の着物に身を包んでいる、少し小柄な青年が確認できた。青年は、人懐こそうな柔和な笑みを浮かべていて、その体格はお世辞にもがっしりしているとは言えない、細腕の男だ。
青年と紅葉は、一言二言交わした後に、どちらかともなく頭を軽く下げ合っている。
(暁の知り合いか?)
四季は面識のない人物だった。
暁は自分の親族として紅葉を挨拶させているのだろうが、この場に男の若い男子がいることに、違和感を覚える。
まぁ、この場に似つかわしくない者という点では、四季も同じなのだけれど。
「気になるの?」
どうやら、四季は暫くの間、そちらの方向を見て呆けていたらしい。少し含みのある笑みを浮かべている四葉が、これまた含みのある、いや、面白がっているに近しい言葉を投げてくる。
四葉の存じている人物だということに、四季は少し驚いた。だが、四葉に素直に教えを乞うのも、なんだか癪だ。
「……別に」
「気になるなら、あの子のこと、教えてあげようか?」
その可愛げのない四季の返答に、面白がっている様子の四葉が発破をかけてくる。
やけに粘着的に関わってくる四葉に少し睨みを聞かせるように、四季は語尾を強めた。
「だから、別に気になってねぇっつの」
四季は居心地が悪くなり、一旦その場から離れようと後ろを振り向いたときに、身体にドンッという衝撃が走る。
「きゃ……」
その声に視線を下へと向けると、四季よりも頭二つ分くらい小さな女子が、四季にぶつかった拍子によろけてしまい、倒れてしまいそうな瞬間だった。
「あ……、ぶね」
四季は、女子に向かって手を伸ばし、すんでのところでその細腕を捕まえる。
そうして、自分の方へと引き寄せるように掴んだ手の力をぐいっと力を強めて、反対の手で女子の背中を支えた。
「すみません、大丈夫ですか」
今のは、注意力散漫になっていた自分が悪いと、四季は女子に向かって謝罪する。
一方、意図せず抱き抱えられている状態の女子の方は、ポーッと四季の顔を凝視していて、反応がない。
「どこか痛むか……?」
不安になり四季が女子の顔を覗き込んだところで、ハッと我に返った女子が、慌てて四季の側から離れた。
「あ、ご、ごめんなさい!私……ッ、も、不注意でして!」
アワアワと慌てふためく女子に、四季は呆気に取られてしまう。相当焦っているのか、胸の前で両手をぶんぶんと振り、顔を真っ赤にしている。
「……ふ、落ち着いて。何ともないなら良かったです」
「は、はいッ……! では私はこれで!」
女子は、何度もペコペコと頭を下げて、小走りに去っていく。
四季は、一族の女子にしては毒気も何もない、純粋そうな女子だ、と思った。
「……学校ではあんなに塩対応なのに」
それを傍らでずっと見ていた四葉が、少し以外だというように驚いた表情を浮かべている。
確かに、基本的には必要がない限り、女子と話したりすることはない。だが、それはあえて避けている、という事ではなく、シンプルに話すこともないだけだ。
必要があれば、四季だって会話位する。
「良好な関係を築くためには必要だろ。ここには一族の者だけしかいないんだから余計にな。……それに、別に普段もそんなつもりはないぞ」
「意外~。てっきり紅葉ちゃん以外の女の子と話すの、控えてるのだとばかり」
「あのな……、言っとくが、俺と紅葉はそう言うんじゃないからな」
四季はため息を吐き、四葉に釘を刺す。その四季の言葉に、四葉は頬をプクッと膨らませて、不服そうな表情を浮かべた。
「分かってるけどさ~。てかまだそんなこと言います~?」
「一体俺と紅葉に何を期待してるんだ……」
「え、聞きたい?」
しまった。この四葉の笑みは、話が長くなるやつだ。なぜなら、自他ともに認める恋愛好きなのだ。紅葉と一緒に、何度四葉の妄想劇に付き合わされたか、数えきれない。
そう思ったが、今の四季には、この四葉を止める術がない。
四葉が口を開きかけた丁度その時、ピピ……、ギギギ、という音が、辺りに響いた。
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