第28話 宴、開幕 2
(うわ、綺麗な人たち……)
紅葉は、貴婦人たちの姿を見て、素直にそう思った。
遠目から見ても、その育ちの良さがわかる。
日々丁寧に手入れされてるのであろうその艶やかな髪、凛とした立ち居姿、纏っている可憐な、守ってあげたくなるような雰囲気。
どれを取っても、淑女に相応しい振る舞いだ。そうして、そのどれもが、戦場に身を置く紅葉には欠落しているもの。
「そう言われましても、ご当主様からの言いつけでございますため」
従者は、まるで感情のない機械のように、淡々と貴婦人に告げる。
貴婦人は、その言葉に納得がいかないのか、訝し気に眉を顰め、隣の娘と同じように持っていた扇子を口元で隠す。
上からだと、角度が丁度良くてよく見える。貴婦人の扇子の下では、真っ赤な紅を塗りたくった唇が、ぐにゃりと歪んでいる。
「あれは……」
予想外の人物の登場に、思わず四季のつぶやきが漏れてしまった。
「え、四季知り合い?」
四季に反応して、紅葉が横から四季へ向かって問いただす。四季は少し苦笑いを浮かべて、歯切れが悪く答えた。
「あー……、まぁ」
つい最近その存在を知ったばかりだが、忘れるはずがない。
あれは集会の場で凛とした高声を挙げていた、落合めぐみだ。その傍にいる子は、落合夫人の娘だろう。
なるほど確かに、夫人が我が娘を是非本家当主の花嫁にと、息巻くのも分かるような別嬪だ。
階段の途中で立ち止まっている四季と紅葉へと、婦人の目が移った。
四季はよそよそしくフイッとそっぽを向くが、紅葉と四季の先を行っていた暁が、軽快な足取りで登った階段を降りながら、屈託のない笑みを浮かべて夫人たちの前に降り立った。
「やあやあ、これは奇遇ですね。落合夫人」
やうやうしく頭を下げる暁に、落合夫人はジトリと舐めるような視線を寄こす。
だが、その隣にいる娘は、暁のその優美な佇まいにほんのりと顔を赤く染め、ちらちらと暁と地面を交互に見やっている。
(……俺が言うのも何だが、その男はやめておいたほうがいいと思うぞ)
四季は若干憐れむような目で、娘の方を横目見た。
だが娘の瞳は盲目的に四季を映していて、もはや手遅れだと悟る。
あの年ごろで、いかにも初心そうな娘だ。それに、母親が超過保護だと来た。恋愛はおろか、男とすら、まともに話したことがないのではないだろうか。
そんな娘に暁は、少々刺激が強すぎる。
「あら、分家筆頭、士門家次期当主様じゃございませんこと」
ツンとした態度を貫く落合夫人をものともしない様子で、暁はニコニコと「どうも」と相槌を打つ。だが、それがまた気に入らないという様子で、落合夫人は扇子をパタパタとはためかせた。
「何か御用かしら?」
「見目麗しい貴婦人が、何やら困っていると存じまして」
そう言って、暁はちらりと落合夫人の横で可憐に佇んでいる女の子の方を見た。
見つめられた娘の方は、誰が見ても明らかに、ビクッと肩を震わせて、熱っぽい視線を暁に向けている。
「失礼、お初にお目にかかります。士門暁と申します。貴女のお名前を伺っても?」
暁は左胸に手を添え、軽くお辞儀をする。その姿もとてもスマートで、キザっぽいを通り過ぎてサマになっている。実に暁らしい。
「あ、の、落合……、
最後の方は尻すぼみになりながら、菫と名乗る娘は、もう限界というように、とうとう下を向いて俯いてしまう。その様子を見て、隣の夫人が小さな声で叱責した。
「菫さん、背中が曲がっているわよ。しゃんとなさい」
お叱りを受けた菫は、すぐさま姿勢を元のように正し、暁の方を真っ直ぐに見る。
菫の目尻にはうっすらと、涙の幕が張られていた。
「……よろしければ、菫さんのエスコートは僕がしても?」
暁の思いがけない進言に、菫は勿論のこと、落合夫人の瞳が、まんまるに見開かれる。
ワナワナと唇を震わせていて、今にも文句の濁流が場を飲み込みそうだ。
「なっ……、何を仰いますか!これから菫は安倍統司様の花嫁候補として参るのですよ? それを他の殿方と歩くなどと……ッ」
「大丈夫ですよ。安倍統司様はそんなに心の狭いお方ではない。それに、この階段は最初の試練だ。大抵の姫君は、登り切った後に疲弊して、その着飾った美しい姿が少々乱れてしまうだろう」
そう言うと、暁は右手で印を結び、その後、ふわりと菫の方へと手を差し出す。
「菫さん、どうぞ手を」
おずおずと言った様子で菫が四季の手を取ると、菫の体は途端に光に包み込まれた。
あ、と菫が反応するのと同じように、四季の身体にも光が取り巻いていく。
「なっ……、菫に何をしたの!」
落合夫人は、菫と四季の重ねた手を振り払うように手を伸ばそうとするものの、まるで結界を張られたかのように二人に近づけない。
「す……、ごい」
その様子に驚きを隠せない落合夫人の隣で、菫は感嘆の声を上げる。
「お母様……。まるで羽が生えたように、身体が軽いわ」
すごいすごい、と楽しそうに声を挙げる菫の表情は、それまでとは一転して明るく朗らかで、まるで子供のように無邪気だった。
その反応は、一族に名を連ねる娘としては、この不可思議な現象に漠然とした憧れのようなものをその瞳に宿し、そしてどこか、術に対して無知のようにも見えた。
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