第27話 宴、開幕

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 四季と紅葉の邸宅がある場所から車でおよそ二十分程度の位置に、安倍統司の本邸は存在する。

 しかも山の中にあるせいで、険しい道を車がひたすらに進んでいかなければならない。

 車のグレートが高いおかげで乗り心地は悪くはないが、窓の外を見ると、あたりはもうすでに真っ暗になっていて、紅葉の根拠もない不安感を増長させた。

 暫く外を眺めていたら、長かったドライブがようやく終わりを告げたらしく、後部座席の扉が外側からガチャリと開いた。


「到着しました」


 扉が開いた先には、年季の入った風格ある鳥居がどっしりと待ち受けていて、鳥居のそのまた先には急な階段が、こちらを見下ろすように連なっている。

 どうやら、この階段を登った先に、本日の宴の会場があるようだった。

 先に車から下りた四季が、紅葉の座席の方へと回り込み、流れるように手を差し出してくれる。


「ほら」


 なんともぶっきらぼうで、それでいてスマートなエスコートだろうか。

 いつもヘアセットなんてしないのに、今日ばかりは前髪を上げてワックスで固めている。

 普段隠れているその顔が今日は存分に露になっていて、 紅葉は不覚にもドキリとしてしまった。


「あ、ありがとう……」


 車から一歩足を踏み出すと、途端に背筋がピンと伸びるような、不思議な緊張感に包まれる。

 敷地内に結界が張られているのだと、肌で感じた。寸分の隙間ないその気配が、身体に突き刺さるようにピリピリとした刺激を与えてくる。


「今は俺たちを品定めしてるのさ。じきに気にならなくなる」


 暁はそう言うと、正面門のそばで控えていた従者に一言二言、なにかを伝えた。

 そうして、結界のひりつきなどものともしないと言った様子で、スタスタと石段を登ろうとする。

 だが、結界をものともしない様子なのは、どうやら隣の四季も同じらしい。いつものように気だるそうな、だがしかしスンとすました横顔が、いつもの日常を物語るようで安心する。


「気を付けろよ」


 四季は紅葉の手を引いて、だがしかし足取りは普段よりもゆっくりと進んでいく。

 振袖で歩き慣れない紅葉のために、ゆっくり歩いてくれているのだと瞬時に理解した。

 こういうさりげない気遣いができるところは、昔から変わらない。

 四季のおかげで、枯れ葉の絨毯がふかふかでとても歩きやすいとは言えないが、転んで振袖を汚す心配はなさそうだ。


「まるで、結界が生きているような口ぶりね」


 紅葉は照れを隠すように、数歩先を行く暁に問いかける。暁は歩みはそのままに、紅葉の方へ顔を半分振り返りながらカラッと笑う。


「ような、じゃなくて、実際に生きているのさ」


 思いがけないその答えに、紅葉は目を丸くし、思わず周囲を見渡した。だがしかし、あたりに広がるのは、山特有の空気の薄さと、少し霞がかった風景だけだ。


「ここは、いわば神域だ。説明は難しいけれど……、そうだな。天后が巨大化して、ここら一体を包み込んでいる、とイメージすればいい」

「ええ?」


 紅葉は言われた通り、巨大化した天后が、この山を丸ごと包み込んでしまうところを想像した。

 天候が『ほほほ』と上品に笑いながら、その細腕で山を抱きしめる様子は、なんというか、まぁ、シュールな想像だ。


「……なんとなく、分かったかも?」

「いや、分かるなよ」


 そんなことを話しているうちに、階段が三人の前に立ちはだかる。車から見ていた時は、すぐに登り切れるだろうとたかを括っていたが、いざ目の前にするとその急斜面に圧倒される。


「大丈夫か?」


 四季が心配そうに紅葉を見やる。


「大丈夫! だてに鍛えてない!」


 ここで弱音を吐いては、女の名折れだ。鍛錬の成果をここで出さずにどうするか。

 紅葉は、四季の方を向いて両手で拳を作りながらふん! と息巻いた。腕にぶら下がる長い袖を両手でしっかりと掴み、一段、また一段と登っていく。

 勝気なその紅葉の行動に呆気に取られながらも、四季も口元を緩ませながら、紅葉の後を追って階段を登っていく。

 すると下の方で、なにやら抗議を申す声が聞こえてくる。


「こんなところを、私たちに歩けと申すのですか?」


 凛とした、だがしかし迫力のある声だった。

 紅葉と四季は、揃って背後を振り返る。

 そこには、ピンク色の雅やかな振袖に身を包み、艶やかな髪をハーフアップにまとめている可愛らしい姫君が、困ったように眉を寄せ、扇子で口元を隠しているのが見えた。

 その傍には、同行者であろう女性が一人、こちらは目くじらを立てるように目を三角に吊り上げ、正門にたっている従者に向かってきなり声をあげている。

 きっと先程の声は、この貴婦人のものであろう。


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