第27話 宴、開幕
♢ ♢ ♢ ♢
四季と紅葉の邸宅がある場所から車でおよそ二十分程度の位置に、安倍統司の本邸は存在する。
しかも山の中にあるせいで、険しい道を車がひたすらに進んでいかなければならない。
車のグレートが高いおかげで乗り心地は悪くはないが、窓の外を見ると、あたりはもうすでに真っ暗になっていて、紅葉の根拠もない不安感を増長させた。
暫く外を眺めていたら、長かったドライブがようやく終わりを告げたらしく、後部座席の扉が外側からガチャリと開いた。
「到着しました」
扉が開いた先には、年季の入った風格ある鳥居がどっしりと待ち受けていて、鳥居のそのまた先には急な階段が、こちらを見下ろすように連なっている。
どうやら、この階段を登った先に、本日の宴の会場があるようだった。
先に車から下りた四季が、紅葉の座席の方へと回り込み、流れるように手を差し出してくれる。
「ほら」
なんともぶっきらぼうで、それでいてスマートなエスコートだろうか。
いつもヘアセットなんてしないのに、今日ばかりは前髪を上げてワックスで固めている。
普段隠れているその顔が今日は存分に露になっていて、 紅葉は不覚にもドキリとしてしまった。
「あ、ありがとう……」
車から一歩足を踏み出すと、途端に背筋がピンと伸びるような、不思議な緊張感に包まれる。
敷地内に結界が張られているのだと、肌で感じた。寸分の隙間ないその気配が、身体に突き刺さるようにピリピリとした刺激を与えてくる。
「今は俺たちを品定めしてるのさ。じきに気にならなくなる」
暁はそう言うと、正面門のそばで控えていた従者に一言二言、なにかを伝えた。
そうして、結界のひりつきなどものともしないと言った様子で、スタスタと石段を登ろうとする。
だが、結界をものともしない様子なのは、どうやら隣の四季も同じらしい。いつものように気だるそうな、だがしかしスンとすました横顔が、いつもの日常を物語るようで安心する。
「気を付けろよ」
四季は紅葉の手を引いて、だがしかし足取りは普段よりもゆっくりと進んでいく。
振袖で歩き慣れない紅葉のために、ゆっくり歩いてくれているのだと瞬時に理解した。
こういうさりげない気遣いができるところは、昔から変わらない。
四季のおかげで、枯れ葉の絨毯がふかふかでとても歩きやすいとは言えないが、転んで振袖を汚す心配はなさそうだ。
「まるで、結界が生きているような口ぶりね」
紅葉は照れを隠すように、数歩先を行く暁に問いかける。暁は歩みはそのままに、紅葉の方へ顔を半分振り返りながらカラッと笑う。
「ような、じゃなくて、実際に生きているのさ」
思いがけないその答えに、紅葉は目を丸くし、思わず周囲を見渡した。だがしかし、あたりに広がるのは、山特有の空気の薄さと、少し霞がかった風景だけだ。
「ここは、いわば神域だ。説明は難しいけれど……、そうだな。天后が巨大化して、ここら一体を包み込んでいる、とイメージすればいい」
「ええ?」
紅葉は言われた通り、巨大化した天后が、この山を丸ごと包み込んでしまうところを想像した。
天候が『ほほほ』と上品に笑いながら、その細腕で山を抱きしめる様子は、なんというか、まぁ、シュールな想像だ。
「……なんとなく、分かったかも?」
「いや、分かるなよ」
そんなことを話しているうちに、階段が三人の前に立ちはだかる。車から見ていた時は、すぐに登り切れるだろうとたかを括っていたが、いざ目の前にするとその急斜面に圧倒される。
「大丈夫か?」
四季が心配そうに紅葉を見やる。
「大丈夫! だてに鍛えてない!」
ここで弱音を吐いては、女の名折れだ。鍛錬の成果をここで出さずにどうするか。
紅葉は、四季の方を向いて両手で拳を作りながらふん! と息巻いた。腕にぶら下がる長い袖を両手でしっかりと掴み、一段、また一段と登っていく。
勝気なその紅葉の行動に呆気に取られながらも、四季も口元を緩ませながら、紅葉の後を追って階段を登っていく。
すると下の方で、なにやら抗議を申す声が聞こえてくる。
「こんなところを、私たちに歩けと申すのですか?」
凛とした、だがしかし迫力のある声だった。
紅葉と四季は、揃って背後を振り返る。
そこには、ピンク色の雅やかな振袖に身を包み、艶やかな髪をハーフアップにまとめている可愛らしい姫君が、困ったように眉を寄せ、扇子で口元を隠しているのが見えた。
その傍には、同行者であろう女性が一人、こちらは目くじらを立てるように目を三角に吊り上げ、正門にたっている従者に向かってきなり声をあげている。
きっと先程の声は、この貴婦人のものであろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます