第26話 巻き込まれた宴、いざ

「さ、深刻な話はここくらいにして」


 暁は、先ほどと同じ要領で印を結び、今度はその腕を胸の前で水平に動かした。

 すると、四季の耳に水車がゴトゴトと回る音と、水車が回るたびにバシャッと弾ける水音が聞こえてくる。

 暁が結界を解いたのだ。暁にならい、四季も同じように印を結んだ腕を水平に動かし、結界を解く。


「自分の結界を作る時、安倍晴明が張った結界は本当にすごいなって、いつも思うよ」


 そう言って、暁は自分の手のひらを見つめている。稀代の陰陽師と比べるなんて、と思ったが、四季は何も言わずに暁の横顔を見つめた。



『結界を張り直す』



 以前、集会所で翠石の当主が提言したその言葉が、記憶の彼方から浮上してくる。

 安倍晴明が何十年もかけて張り巡らせた結界を、現代の術師が再建するなど、真っ当な術師であれば不可能だと気づくはずだ。


(翠石の親父は、傲慢なのか無知なのか……)


 四季は心の中で悪態をつく。息子もさることながら、親も相当な曲者だ。


「そういえば四季、お前、週明けの月曜日、行くだろ?」


 思案していたところで急に暁から問いかけられたことによって、四季の思考は停止する。

 

(月曜日……)

 

 止まった思考を必死に動かしても、月曜日にどこかへ行く予定など、これっぽちも思い当たらない。

 四季は、キョトンとした表情を浮かべた。


「何かあったか?」

「あれ? 言ってなかったっけ、例の宴の日程」


 ——聞いてない。


 四季の表情が、みるみる険しいものに変わっていく。もはやその反応を楽しむために煽っているのかと思うほど、唐突な話だ。

 そんな四季を見て、暁はニヤリと瞳を細めた。


「あ〜、すまん、まだ話は上がってなかったか」

「月曜って……。何時からだよ」

「夕方の五時から」


 その時間を聞いて、四季は更に目くじらを立てる。


「五時って……、学校終わってすぐじゃねぇか!」

「だから、あらかじめ伝えてるだろ? 土日で準備して」


 その暁の言葉に、四季の頭に疑問が浮かぶ。


「今回は一族の女のみ参加って話だったろ。あとは……、同伴者が一人か」


 そう。男所帯の御門家には、今回の件は到底縁のない話なのだ。

 四季の疑問に、暁はより一層笑みを深める。それはまるで、一歩間違えれば悪役のそれがするような、含みのある笑顔だ。


「そうそう。それなんだけど、紅葉の同伴者として来てくれないかと思って」


 というか、来い。と言葉尻を強めて暁は言う。四季はあまりの突拍子もない提案に、すかさず否定をする。


「何でだよ! 普通は暁だろ」

「いや〜、それがとても面倒なことに、俺にも花嫁探しの辞令? 的なもの出ちゃってさ」


 その暁の言葉に、四季はこれ以上目を見開けないというほどに、目を大きく開いた。


「はぁ!?」

「まぁ、所詮は統司のおこぼれ要因だけどね」


 つまり、先に安倍統司が何名か見繕い、それ以外の女達を選別していく、ということかと四季は納得した。それとともに、自分自身でもわかるほどに、眉間のあたりに力が入るのを感じた。

 我が一族のことながら、本当に嫌悪感しかない。それを露にし、隠そうともしない四季に、暁はため息を吐いて言及する。


「安心して。俺としてはそんなつもりなく、忖度なしで対応するから」


 そう言う暁の瞳は、心なしか爛々として見える。そういえば、暁は高校時代、とてつもなくモテたことを思い出した。


「……言葉と顔が合ってねぇ」


 四季が暁を訝しむような目で見ると、開き直ったかのように暁は笑う。


「仕方ないでしょ〜。女の子と遊ぶの久しぶりだし。普段親父たちの相手して辟易してる分、楽しまないと」


 確かに、それは一理ある……、と納得しそうになった所で、四季は軽く頭を振った。

 普段、年配の男どもに囲まれてさぞ億劫なのは同情するが、だからといって邪な気持ちで接するのは如何なものかと思う。

 四季は呆れたようにはぁ、と盛大なため息を吐いた。


「ったく、ほどほどにしとけよ」


 いくら一族の中であっても……、というか、外部で好き勝手遊ぶより何かあった時によっぽど拗れることになる。

 失礼極まりない四季の態度に、暁は、何言ってるんだというように言葉を投げる。


「お前、もしかして本当に紅葉の付き添いで終わりだと思ってる?」

「あ?」

「お前だって、女の子たちにしたら十分対象内。分家筆頭の男を、わざわざ見逃す家があると思う?」


 ニッコリと、だがしかし射抜くような暁の瞳が、四季を捉えて離さない。

 その暁の一言で、四季は全てを理解した。ヒクヒクと片頬を痙攣させ、そしてこれから自分の身に降りかかる悪夢に思いを巡らせて気が重くなる。


「……面倒くさ」


 四季の心の底からの恨み言が、口からポツリとこぼれ落ちた。それとは対照的に、暁は大層愉快そうに声を上げて笑った——。


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