第25話 水面下で深まる謎 2
「……なるほど」
暁は一通りの話を聞いた後、考え込むように顎に手を当て、ふむ、と思考する。
相対する四季も、眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべていた。
「人間、と言われると少し違和感がある。だが、少なからずあれは怨霊の気配ではなかった」
四季はあの日の出来事を、頭の中で振り返る。
紅葉の元へ駆けつけた時にいた、あの青年。
赤い唇で弧を描き、三日月のように瞳を緩ませている、透き通るように青白い皮膚をした男。
中世的で美しいながらも、まるで生気のない人形のような不気味さを醸し出していた。
「その男以外に仲間はいなかった?」
「一人だと思う。俺が駆けつけた後、すぐに消えていった」
「消えて?」
四季の言い回しが引っ掛かったのか、暁が眉を寄せた。
「文字通り、消えたんだ。月に吸い込まれるように、宙に浮いて」
四季は真っ直ぐ暁の瞳を見て答える。その式の様子を見て、比喩などではなく真実なのだと知り、暁はまた顎に手を当て、逡巡する。
「ふぅん、それは到底、人間業ではないね」
だから人間だと違和感があるのか、と暁は付け加える。
暫くの間、二人の間に沈黙が流れる。
四季も教養を身につける一環として、蔵に保管されている八咫烏の歴書や文献には一通り目を通してある。
だが、そのどれにも、このような怪異的な出来事は記されていなかった。
まぁ、怨霊などというものと対峙している以上、これを怪異的というかはいささか疑問が生じる。正直、一般人にとって、怨霊の存在や八咫烏の存在こそが、すでに怪異的だからだ。
「……まぁ、この件は一旦、俺の方で預かるよ」
それは暁も同じだったようで、暫く考え込んだ後、思考することを放り投げたかのように、ん〜、と大きく伸びをした。気の抜けたその暁の様子に、四季は拍子抜けしてしまう。
「上に報告しないのか?」
時と場合によっては、これは八咫烏の歴史上、最も厄介な出来事になる。それは暁も分かっているはず。
四季の驚いた様子に、暁は気が抜けた様子でへにゃりと困り顔を浮かべた。
「ん〜、まだあの土地に、他の家の連中を入れたくないってのが本音。もちろん、行平さんやうちの当主には報告するよ」
それは暗に、内々でことを済ませたいという事。本家や分家筆頭以下の者達には伝えない意思の表れだ。
「……分かった」
暁の選択に、四季も賛同する。暁にも、何か考えがあるのだろう。
だが、一点だけ、四季は気になることを口にした。
「紅葉には、どうする?」
出来れば、紅葉にはこのまま関わらせたくないというのが四季の本音だった。
だが、紛れもなく紅葉は当事者だ。唯一、あのトキという男と接触を図った人物でもある。
四季の考えが読めたのか、暁はふるふると頭を振った。
「事の顛末は説明する。じゃないと、紅葉は納得しない。ああ見えて頑固だから」
「……まんまだな」
もしもこのことを伝えなかったときのことを考えて、四季はため息をついた。
きっと紅葉は、暁と四季に詰め寄った後、暫く口を聞いてくれなくなるだろう。以前にも、似たようなことがあった。
あれは紅葉の誕生日の日。暁と四季は、家業終わりに誕生日を祝おうと、秘密裏にサプライズを計画していたことがある。
敷地内の一角に結界を張って、盛大な花火を仕掛けようと目論んだのだ。だから、数日前より二人で早く現地に赴き、ちまちまと準備していた。
それを紅葉に勘づかれ、そうして問い詰められた。
『二人で何コソコソしてるの?』
だが、何でもないとはぐらかすしかなかった四季と暁は、その日から数日間、紅葉には一切口を聞いてもらえなくなってしまった。
誕生日当日は、暁が無理やり紅葉の手を引いて仕掛けたその場所へと連れてきたので、無事サプライズは成功したのだが……。
花火が打ち上がるのを三人で眺めていた時、四季は紅葉を見てギョッとした。
なんと紅葉は、花火を見ながらポロポロと涙を流していたのだ。
涙の雫が花火の光に反射して、その光景が不覚にも綺麗だと思ったのを、今でも覚えている。
それにしても、あの時の紅葉はなかなか泣き止まず、暁も四季も相当参ったものだ。
だが、あれは、安堵の涙だったのだと、後になって分かった。
「もう隠し事はなし!」ということで、ようやく和解することができ、普段通りの紅葉に戻ったのだけれど。
きっと紅葉なりにコンプレックスを抱いているのだろうと、暁は言った。
紅葉には元素がない。普段表には出さないが、そのことを本人は随分と気にしているのだそうだ。
紅葉は絶対に鍛錬を怠らない。元素がない分、鍛錬を積んでそれ以外のところを伸ばそうという余念がない。だからこそ、紅葉の弓矢の腕前は一族の中でも目を見張るものがある。
男だとか女だとかとやかく言うつもりはないが、女なのによくやってると思う。
『元素のことなんて気にするな』
『俺が何とかしてやる』
きっとどれだけ四季がそう言っても、紅葉はきっと納得しないだろう。
だが、もし紅葉の念願が叶い、元素を発症してしまったとしたら。
(俺たちの関係は、どうなるんだろうか……)
そうなっても、これからも共に土地を護るのだと、そう信じている反面、この今のつながりが無くなってしまえば、紅葉はどこか四季の手の遠く及ばないところに行くのではないかと、言い知れない焦燥に駆られる自分もいる。
四季は、なぜだか胸の奥がズク、と疼くのを感じた——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます