第24話 水面下で深まる謎

 時間も差し迫っているということで、三人は黒塗りの高級車に乗り込んだ。

 暁は、慣れた様子でドライバーに行き先を指示していく。


「そうだ。この事は母さんには内緒ね」


 暁は、人差し指を口元に寄せ、シィッという素振りを見せた。

 紅葉はキョトンとした表情を浮かべたが、紅葉の隣に座った四季が、後ろにもたれさせた背中をガバッと起こして、驚きの表情を見せた。


「まさか暁……」

「そ、俺の花嫁探しとか、四季が同行者とか、ぜーんぶ秘密。バレたら雷が落ちるよ〜」


 あっけらかんとした様子で暁が笑う。

 一方の四季は、手のひらで頭を覆い「まじかよ」と呟いた。

 つまり、士門家の女将である百合子に、暁は家の未来を担う妻を見繕うということを一切伝えず、更には仮にも他家である四季が自分の娘の晴れの場の同行者となるのだ。

 どうせなら、その場に自分が立ちたいと思うのが親の性というもの。

 いくら息子同然と公言している四季であっても、それとこれとは話が別なのだろう。


「大丈夫だって。言わなきゃバレない」

「だとしてもな……」

「それに、母さんが行くことになると、四季は留守番だ。それも嫌だろう?」


 暁の勝ち誇ったような言葉尻に、四季はグッと押し黙ってしまった。

 そんな様子もまた愉快だというように、暁はカラッと明るく笑った。


「まぁ、四季もいろいろと厄介事があるだろうし、それまで気軽にやりなよ」


 暁は意味深な言葉を告げて「少し仮眠する」と言ってそのまま瞼を閉じてしまった。少し経つと、心地よさそうな寝息が聞こえてくる。


「……とりあえず、今日はよろしく……、でいいのかな?」


 紅葉はおずおずと四季に問いかけた。そして、その言葉と一緒に、自身の右手を四季の方へと差し出す。


「……おう」


 四季はそう言うと、差し出された紅葉の手を取った。軽く握手を交わし、そのまま二人とも前を向く。

 四季は小さく息を吐き、先日、暁が言ったことを思い返していた——。



♢  ♢  ♢  ♢  


「俺も同席?」


 くだんの日の翌日。

 四季は、集会所の最寄駅付近にある、小さな河原へと来ていた。


 ——公園水車前。


 暁が告げた、あの場所だ。

 大小の石たちが所狭しと並べられていて、数歩先には清らかな川の水が、心地よい音を奏でながら流れている。

 更に奥へと進むと小さな川を繋ぐ架け橋が見えてくる。終着点には小さな小屋と、四季の体の二倍ほどはある水車が、ゴトゴトと鈍い音を響かせながらゆっくりと回転している。

 ここは昔から、暁と四季、紅葉の遊び場だった。観光客はいるにはいるが、この終着点まで足を運ぶ者はそう多くはいない。


 四季は小屋の扉をギィ……、と開き、中に入る。まだ暁は来ていないのか、扉を開けた拍子に、風に乗って埃が少し舞った。それらが、窓から差し込む朝日に照らされてキラキラと輝いて見える。


(ここに来るのも、久しぶりだな)


 川遊びをしによく暁に連れてきてもらっていた。それも家業を本格的にこなすようになってから、足が遠のいてしまったのだけれど。

 四季は懐かしい思い出を振り返り、フ、と表情を緩ませた。そして、懐から護符を取り出して、胸の前で印を結ぶ。

 すると、四季の体を覆うように円状の結界が、その幅を段々と広げるようにどんどんと拡大していく。やがて小屋全体を包み込む所で結界の成長は止まり、今度は四角状へとその形を変えていった。

 見事結界が小屋をすっぽりと覆い隠してしまった所で、パチパチと手を叩く音が四季の耳に聞こえてくる。


「いやぁ、この大きさの結界を短時間で作り上げられるようになったんだ。この間も思ったけど、見ない間に随分と成長したもんだ」


 感慨深げに暁が感嘆の声を上げた。


「……気配消したろ」


 そんな暁を見て、四季は不服の声を漏らす。結界内に侵入したあらゆるものを感知するための結界なのだが、それが全く持って機能していないことに、四季は苛立ちを隠せない。


「試されてるのかと思って」


 俺も腕は鈍ってないようだね、と笑いながら暁が言う。

 四季が立っている、丁度傍らに備え付けられた椅子に腰を落ち着かせた暁は、膝の上で頬杖を付き、いつもの含みのある笑みを浮かべた。


「さて、早速本題に入ろうか」


 暁はそう言うと、懐から一枚の護符を取り出した。その護符を右手の人差し指と中指で挟み、力を込める。

 すると、先程の四季と同じように、結界が周囲に現れた。

 ただし、それも束の間だった。四季の結界はみるみるうちにその範囲を拡大し、小屋全体のみならず、小屋から五百メートル離れた先にまで結界を張り巡らせる。

 四季の結界の上から、二重で結界を張るようにして生み出されたそれは、完璧なまでに美しい正方形をしていた。


「……いつ修行してんだよ」

「こう見えても、まだまだ現役だからね」


 暁は改めて椅子に座り直し、気が緩んだかのように背もたれに深く腰掛けた。そうして、四季にも腰を落ち着かせるように催す。


「分家筆頭の次期当主二人が張った結界だ。そう簡単に侵入できる者はいないよ」


 その暁の言葉は、暗に全てを話せと、四季に伝えている。結界に誰かが侵入してくれば、即座に分かるようになっているし、結界内の物音や話し声は周囲に漏れないようになっている。

 ここは、完全なる密室なのだ。

 四季はじっと暁の瞳を見つめた後、ふぅ、と息を吐いて、暁の隣の椅子に腰を下ろした。


「あの夜、変な奴に会った」


 四季は、昨夜起きた出来事を、簡潔に暁に打ち明けてゆく。

 紅葉の置かれている状況や、学校での他家の者とのいざこざ。紅葉の心境の微妙な変化。この敷地内に張られている結界や、四季が張った結界が感知せずに、侵入者を許したこと。


 ——そして、昨晩、突如として現れた、トキと名乗った青年のことも、何もかも全て。

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