第16話 それぞれの覚悟
「馬鹿!長い!」
紅葉は四季の肩口をギュッと握ったまま、なおも四季を睨みつけながら声を荒げた。
だが、いつにも増して握られたその力は頼りない。
「……悪い、止められんかった」
四季は素直に紅葉に謝る。実際、加減が出来ずに元素を送り込み過ぎてしまった。
あまり他者の元素を体に取り込みすぎると、元素の力に体が耐えきれずに、帰って動けなくなると聞いたことがある。
「もう……、わっ」
案の定、紅葉はその場に立とうとするも、上手く体に力が入らないのか、途中でよろけてしまった。
「あぶね……」
紅葉が体勢を崩したその手を、すんでのところで掴み、腰に手を添えて紅葉の体を支える。
——このままでは、紅葉が門から落ちかねない。
そう思った四季はそのまま紅葉を横抱きにすると、そのまま門から飛び降りた。
「ぎゃっ」
色気も何もない声が、四季の腕の中から聞こえてくる。
「何でこんなことで驚くんだ」
「だって、自分で門から降りる時と感覚違うんだもん」
紅葉は恥ずかしそうに下を向いた。
いつもはこんな高さ、ものともしてないのに、そういうものなのか。
無事門から着地すると、四季は紅葉を抱えた状態のまま、正門の遥か先にある建物の中に進んでいく。
そしていくつかの建物を超えた先に、立派な平屋が見えてきた。
たどり着いた平屋は外交の場でも使用されることが多く、宮殿内でも特に強力な結界術が敷かれている場所の一つだ。
建物の前に植えられている大きな一本木の下に紅葉を下ろし、少し離れたところに立つ。
「今日はいいから、体が動くようになるまでここにいろ」
四季はそう言うと、懐から護符を一枚取り出した。そうして、人差し指と中指でそれを挟み、護符に力を込める。
すると、紅葉の半径5メートル付近までポウッと光が灯り、四角い形状の結界が張られていく。
護符は効力を果たしたのか、淡く溶けるように光と共に四季の手から無くなってしまった。
「結界まで張らなくても」
「簡易的なものだ。それに、天后はこっちで働いてもらうしな」
その四季の呼びかけに対して、いつのまにそこにいたのか、水色の髪をさらさらと靡かせた天后が、真っ暗闇の中から姿を現した。
『ふふふ、はい。勿論でございます』
「天后! あなたいつからいたの?」
『あら、つい先ほどですわ』
そう言って、またほほほ、と口元に手を抑えてニコニコと微笑んでいる。
そんな天后を見て、四季も「趣味が悪いな」と苦笑する。
『あんなところで盛る貴様らが悪いだろう』
天后のそのまた後ろから、唸るような声が聞こえてきた。
身体の前で腕を組み、呆れたようにこちらを見ているのは、四季の式神の白虎だ。
普段は獣姿の彼が、何故だか今日は人型の姿でいる。
「別に盛ってねぇ」
四季が不服そうに白虎に反論する。
対する紅葉は、二人に見られていたと言う事実に顔が熱くなるばかり。紅葉は顔の熱を冷まそうと、両手でパタパタと顔を仰ぐ。
「そ、そうよ。ていうか、どうしたの白虎。いつもと姿が違うじゃない」
たどたどしい様子で紅葉は無理やり話題を変える。その慌てっぷりに、白虎は『初いのう』と言って、うんうんと頷きながら微笑ましそうに瞳を細めた。
『なに、こちらの貴婦人が、獣だ人様だとやかましいのだ。今日はリクエストに応えてこのように』
どうだ? とでも言うように、白虎は天后の隣へ立ち、天后に向かって片手を差し出した。
それはまるで、ダンスへ誘うかのような流麗な振る舞いだ。
『……ふんっ、まぁ、応えようとしてくださったその努力は認めますわ』
天后は差し出されたその手を取ることなく、プイッと顔を背けてしまう。
『手厳しいな』
そう言う割には何とも思ってないように、白虎は、ははは、と笑った。
昔からこの二人の間柄はいまいち読めない。昔なじみで両家と共にあり続けて長いらしいが、何故か二人はこう言う調子なのだ。
『ま、今日は満月でもなんでもない。そんなに敵さんも押しかけてはこないだろうさ』
紅葉を安心させるように、白虎が微笑みを浮かべたままそう伝える。
白虎に先を越されたことにムッとしたのか、すぐさま天后が紅葉の元へと寄ってきて、紅葉の手を取る。
『紅葉さま、ここは私にお任せください。ああ、でも、万が一にでも怨霊が現れた時のために、これをお持ちになってくださいな』
天后から手渡されたのは、天后をうんと小さくしたような、ミニマムサイズの天后だった。
手の上にちょこんと乗っているその子を見て、紅葉は思わず「可愛い!」と声を上げた。
『ふふ、私とちょっとした、所謂以心伝心が出来る子なのです。ピンチの時にはこの子に向かって強く念じて、私をお呼びください。どんな状況でも駆けつけますわ』
そう言って、天后は優雅な笑みを浮かべた。その笑顔がどんな宝石よりも綺麗に映り、紅葉も顔を綻ばせる。
「ありがとう、天后。こっちの天后も、よろしくね」
そう言って、手のひらに収まっている小さい天后にも挨拶をすると、手のひらでぴょんと一つ、跳ねて見せた。
『あら、紅葉さまに話しかけられて、嬉しがっちゃってまぁ』
「そろそろ行くぞ」
四季は、天后に声を掛ける。ちらりと腕時計を見てみると、もうすぐ時計の針が頂点で重なろうとしている。
怨霊が黄泉の国より這い出てくる時間だ。
四季が先人に立ち、白虎と天后を率いて元来た道へと歩みを進める。
「四季!」
紅葉は咄嗟に、四季に向かって声を掛けた。
振り返った四季の表情は、とても驚いた様子だった。紅葉も、声を掛けたは良いが、なんて言葉を繋げていいのか分からない。
完全に、無意識の行動だった。
「どうした?」
少し遠くから、四季の問う声が聞こえてくる。
その問いかけに、急いで何か言わなければと考えるものの、うまい言葉が見つからない。
「あの、えーっと……、気を付けてね!」
紅葉はぱっと頭に浮かんだその言葉を、精いっぱいの声量で伝える。
四季はその言葉を聞くと、少し胸を抑えた素振りを見せた後、白い歯を見せて「おう!」と答え、くるりと前を向いてまた歩みを進めていく。
四季の背を見送るのは、いつぶりだろうか。
確か、まだ紅葉が任務に着任する前、暁と四季が共に怨霊対峙していた頃の記憶が、最後だった気がする。
家の門の前で、母と共に二人が出かけていくのを、一緒に見送っていた。
当時の光景が、記憶の底から掘り起こされて、紅葉は少し変な気分になった。
あの頃は、少しでも早く四季に追いつきたいと思っていた。
だけど今はそれ以上に、ずっと隣に立って戦いたい、という思いが強くなっている。
——変わらなくていい。
(あの言葉は、何に対して?)
もしも、四季がこのまま紅葉の元素が無くてもいいと思っているのだとしたら、このまま四季におんぶに抱っこの状態で、それでも自分は戦場に立つことが出来るのだろうか。
……否、自分が自分を許せないだろう。
四季にずっと負担を掛けてまで、戦場に立つ自分が許せない。四季の隣に立ちたいのに、逆に足を引っ張ってしまってどうする。
だからこそ、紅葉はどうしても、元素を発現させなければならないのだ。
紅葉は、両手で自分の身体を包み込むようにその場に蹲り、目を閉じたまま小さくため息を吐いた。
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