第13話 囚われた中での選択

 四季のその態度に、若干ではあるが周囲の温度感が低くなった。

 大人たちは、何故四季の表情が曇ってしまったのか皆目見当もつかないのだろう。少し驚いた様子で息を呑むものや、なんだその態度は、と小さな声で咎める者もちらほらいる。

 そんな険悪なムードを掻き消すかのように、暁が明るい声色で話に割って入った。


「四季はまだまだ半人前ですから。今は恋愛どころではないのでしょう」


 そうして、四季の肩をポン、と叩いた後、四季の耳に口を寄せて「顔」と一言呟いた。

 その一言で、四季はようやく自分の表情が強張っていることに気付く。


「暁もそろそろ頃合いだろう。誰か相手はいるのか?」


 今度は、白羽の矢が暁に立つ。暁はただニコニコとした笑みを浮かべて、慣れた様子で不躾ぶしつけな問いかけに応答する。


「はは、生憎出会いがなくて……。本家当主様がご結婚しない限りは、僕はのんびりやらせてもらいますよ。まぁ、先程の言葉で、そう悠長に構えていられなくなりましたが」

「そうか。じゃあ、私の2番目の娘はどうだ? 一番上には劣るが、気立ての良い子だ」


 ズイッと一歩前に出てきたのは、穏やかそうな表情を浮かべた中年男性だった。

 だが、穏やかな見た目に反して、その眼力はどこか鋭さを潜ませている。

 暁たちと同様、どっしりと腰を落ち着かせているが、その背筋はピンと伸びており、周囲に凛とした印象を与えていた。


「白石さん」


 暁は、その人物の名を呼ぶ。その聞きなじみのある名前に、四季は「え」と小さく声を漏らした。

 白石とは、四季と同級生の、四葉の名字だ。

 名を呼ばれた男性は、行平と暁、四季に軽く会釈をし、そして四季の方を真っ直ぐに見る。


「いつも四葉が世話になっているね。はじめまして、四葉の父の、白石恵三けいぞうと申します」


 そう言ってまた床に向かって頭を下げる恵三に、四季も合わせて頭を下げる。

 なるほど確かに、にこやかなその表情は垂れ目気味の四葉に似てなくもない。

 だが、四葉は恵三みたく眼力はないから、恐らく彼女は母親になのだろう。


「はじめまして」

「四葉からよく話は聞いているよ。紅葉さんにも随分良くしてもらってるみたいで」

「いや、多分紅葉の方が面倒見て貰っている側です」


 そう四季が伝えると、その会話を聞いていた暁が「なんでお前が保護者面なの」と少し不貞腐れたように言った。

 暁は紅葉が絡んだ話になると、たまに過保護が行き過ぎてイタい感じになってしまうのがたまきずだ。

 だが、今となっては四季の方が紅葉と過ごす時間は長いし、現に学校での紅葉は少し危なっかしく、四葉が常に周囲に目を光らせてくれている。

 本当の話なのだから仕方がない。


「はは、仲良くしてくれてありがたい限りだ。それはそうと、四季くんと紅葉さんは、所謂恋仲なのかい?」


 その突拍子もない恵三からの問いかけに、四季は「グフッ」と勢いよく吹き出してしまった。

 一方、暁は満更でもないと言った様子で、満足そうにフフンと威張り座っているし、行平は例に漏れずニコニコと笑みを浮かべている。

 その周囲にいた誰もが、四季の出す返答を聞き逃すまいと耳を澄ましている。


 ——どうして、こうも大人はデリカシーがないのか。


 それに、確かに常に一緒にはいるが、四季と紅葉の関係は、幼馴染であり仕事仲間という域を得ない関係性なのだ。

 そう何かを期待されても困る。


「いや、単に幼馴染みです」


 その無難な返答に、問いかけてきた恵三は、意外だ、と目を丸くして「そうなのかい」と短く返事をしたきり、それ以上は何も言わなかった。

 周りの大人たちの反応も、ホッと胸を撫で下ろす者もいれば、反対に暁や行平は、驚愕した表情を浮かべて、「ありえない」とでも言いたげだった。


「じゃあ、うちの四葉が婚約者として立候補しても、問題無さそうかね」


 その恵三の申し出に、四季は身を固くした。

 まさか、同級生の父親から婚約者として申し出があるとは思わなかったからだ。

 だが、このような話は、八咫烏では珍しくともなんともない。


「ええ~、白石さん、僕に紹介した後にすぐ四季に鞍替えなんて、質悪すぎじゃありません?」


 暁は困ったような笑みを浮かべて、恵三の方に向かって言葉を投げる。

 その声色は、明るく努めつつも少し棘のある言い方だった。


「あはは、すまんね。娘の将来が心配で、焦ってしまったみたいだ」

「まだ高校生でしょう。そんなに急ぐこともないのでは?」


 もしかしたら、本家当主様に見初められる可能性だってあるのに、と暁が付け加えると、恵三は頭を振り、ため息を一つ漏らした。


「いやいや、どうにも四葉はふわふわとしていてね……」


 なにか思い当たる節があるのか、恵三は腕を組みながら唸って見せる。

 四季からみても、気立ても申し分なく面倒見もよい四葉の事だ。学校で見ている分にはそんなに心配する程の事ではないと思うが、親から見るとそうでもないらしい。


「まぁなんにせよ、この後の本家当主様の一報を待ちましょうか。僕たちもどうすることも出来ないですしね」


 暁はパンッと手を叩き、もうお開きだというようにその場に立ち上がる。


「四季、車で学校まで送ってあげるよ。どうせ単位足りないんだろう?」


 その暁の余計な一言に、行平の片眉がピクリと反応した。四季は、そんな父の様子を見て、恨めしそうに暁を睨む。


「……そんなことない」


 四季は、居心地が悪そうにそっぽを向きながら、否定の言葉を口にする。

 だが、それは暁や行平には到底通用するわけはなく。


「あはは、あまり”秘密基地”を寝床にするのはやめろよ」

「……どういうことだ?四季」

「あ~、ほら行くぞ暁!」


 行平は、随分低い声を放ち、ジトリとした眼で四季を見た。

 四季はその行平の視線から逃れるように、さっさと退散しようと暁の背を押す。



 ——そんな、分家筆頭たちの様子を、玉座の間から見下ろす鋭い眼光に、誰も気付かなかった。


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