第12話 囚われている未来

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 数時間前——。

 八咫烏集会場。


「……宴?」


 四季は、自分の数段上の位置で悠々とこちらを見下ろしている安倍統司に聞こえるか否かの声で小さく呟いた。

 しかし、その声はしっかりと安倍統司の耳には届いていたようで、相槌を打つようにそうだと頷く。


「皆も承知の通り、私も頃合いの歳。そろそろ本家当主として身を固めねばならないということは、重々承知している。そうだな、祝言は学位取得後まもなくが良いだろう。ある程度こちらで相手は見繕ってはいるが、ちょうど良い機会だ」


 シンと静まり返る中、安部統司は自身の顔の前で開いていた扇を仕舞い、パチン、と子気味良い音を鳴らした。

 誰もが安部統司の次の一声を、耳を澄ませて聞き入るばかり。


「一族総出の宴の場を開く。そこへ、一族の女子たちを収集せよ」


 それはまるで、鶴の一声のように、その場にいる誰もの心を震わせ、ざわめき立たせた。


「まさか、本家当主様自ら、その話題を出すとは」そう言った声まで聞こえてくる。

 安倍統司は、その特異な生まれのせいか、欲というものが一切ないのだそうだ。承認欲、独占欲、色欲と言ったものが、彼には全くの皆無。これまで女性との浮ついた話も一切ない。

 見かねた使用人の一人が一度、余計な気を利かせて寝床に女を忍ばせたこともあったと聞くが、それでも靡かなかったらしい。

 それこそ、一時は女嫌いという噂まで流れたほどだった。


 そんな安倍統司自らの口から、所謂いわゆる「婚約者探し」の話を出したものだから、それはもう本当に驚きの出来事だった。

 歴代随一と言われる安部統司の力を以てしても、やはり”使命”からは逃れられぬということか。


「いくらまつりごととはいえ、伴侶探しのために無限に時間を割けるわけではない。一所に候補者が集まるというのは、私にとっても都合が良い。それに、時には皆に労いも必要であろう。また詳細は追って伝えるとして、場所は我が屋敷でどうだろうか」


 その言葉に、安倍統司のすぐそばで控えていた少年はもちろん、先ほどまで何かと牙を剥いてきていた落合夫人も、目を爛々と輝かせて何度も頷いている。

 ……この様子を見た感じ、婦人はよほど自分の娘に自信があるらしい。


「その他の者も、各家から1名は同行して良いこととする。自分の子の晴れ着姿も見たかろう。子と共に誰が参るか、十分に吟味してくれ」


 そう言うと、安部統司はおもむろにその場に立ち上がり、用は済んだと言わんばかりに身を翻して奥の間へと姿をくらました。


「あーあ、アイツ、それを言うためだけに今日は来たって感じだね」


 四季の隣に座っていた暁は、呆れたように笑いながら、ため息を一つ吐いた。

 一方の四季は、突然の出来事にただ奥の間に足を進めていく安倍統司の背中を見つめていた。



"一族の女子たち"



 その言葉が、四季の頭で何度も反復して再生される。


「…なぁ、暁。一族の女子たち、ってのは、紅葉も対象か?」


 その素っ頓狂な四季の問いかけに、暁は目を丸くしたあと、少し訝しげに四季を睨みつける。


「何? まさか、うちの紅葉が男にでも見えていたのかい?」


 聞き捨てならないな、と声に怒気を孕ませた暁を見て、四季はあわてて否定する。


「いや、その……、すまん。聞き方を間違えた」


 四季の戸惑いを隠せない様子に、先程まで眉間に皺を寄せていた暁が、今度は口角を吊り上げて表情を一変させた。それはそれは愉快そうに、イタズラが成功した少年のような屈託のない笑みを浮かべて。


「冗談だよ。お前はまだまだ青いから、伴侶とか結婚とかってピンと来ないんだろ。言っとくけど、お前も今から考えておかないと、あっという間にその時は来るからな」


 暁は「まぁ俺も今適齢期なんだけど」と自虐気味に付け加える。

 暁こそ、当主代理としてこの集会に参加するようになるまで、毎日と言っていいほど女子と遊びに行っていたのに、ここ最近はそれもパッタリと止んでいるらしい。

 引く手あまたなのではないかとも思うが、そうではないのだろうか。


「女の子は、俺たち男よりも婚期が早い。なんなら、学生の内に、なんて昔じゃよくある話だったよ。ねっ! 行平さん」


 その声を合図に、暁の隣に腰を落ち着かせていた父・行平も、四季の様子を伺うように上体を屈め、少しニヤッとした表情を浮かべている。


「そういえば、四季からはこういった話聞いたことなかったな。誰か良い子はいるのか?」


 場にそぐわない話題に、四季は思わず苦笑いを浮かべた。まさか父親とこんな話を(しかもこんなところで)することになるとは。時の流れとは怖いものだ。


 色恋沙汰に全く興味はない、とまではいかないが、どうにも昔からこう言う話題は苦手だ。

 四季の立場上、昔から近づいてくる女子達のことはどうしても疑うことを前提に接してしまっていた。

 全員が全員ではないだろうが、中には四季の立場を利用して、懐に潜り込もうとする連中は少なからず存在する。

 本家には劣るが、四季も分家筆頭を務める家の長男だ。今後一族の舵を切っていく1人として、良くも悪くも注目されるのは致し方ない。


 すると、そばで聞き耳を立てていた大人たちが、四季たちの会話に割って入るように集まってきた。

 顔ぶれは、御門家、士門家共に懇意にしている家元を中心に、ちらほらと先程の燧石家の取り巻きたちが紛れているようだった。

 その一つに、同級生の四葉の家、白石家当主の姿が見えた。


「そういや、四季さんはもう高校生なんだっけか」

「しばらく見ない間に、随分男前になっちまったな」

「どうだ?うちにも今年高校生になる娘がいるんだが」


 誰か一人が話しかけるのを待ってましたと言わんばかりに、次から次へ言葉が投げかけられる。

 まるで言葉のキャッチボールをしようという気が全くない。これでは言質を取ってやろうという勢いそのものだった。

 安倍統司が変な話題を持ち出したおかげで、辺りはすっかり身の上話になってしまっている。

 安倍統司の妻になるにはあまりにも倍率が高い。そうなってくると、より現実的で、かつ地位も高い家柄に保険をかけておこうと言う算段か。

 それを隠そうともしない大人の醜悪な一面に、四季は表情を無意識に顰めてしまった。

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