第11話 零れた本音 2
「……四季?」
紅葉の発した声に反応して、四季は近づけていた顔をゆっくりと離した。
そして今度は紅葉の方へ手を伸ばす。
紅葉は、四季の手が自身の顔の前にゆっくりと近づいてくるのを、ただ黙って見つめていた。
そして、もう少しで四季の指が紅葉の頬を撫でる……、そのすんでのところで、バチン! という衝撃が、紅葉のおでこを襲った。
「~~ッたぁ!!」
「まぁ、お前も夏樹も、俺には負けるがな」
四季は紅葉のおでこにデコピンを浴びせ、そして「間抜けな顔してんな」と憎まれ口を叩いている。
意地悪く笑う四季に、紅葉は口をへの字に曲げ、ムッとした表情を浮かべた。
手はおでこにあて、まだひりひりと痛むそれをすりすりと擦って労わって見せる。
「痛いし一言余計だし!」
先程までの意味深長な空気はどこへ行ったのやら、と思うくらい、四季はいつも通りの態度に戻っていた。
「つーか、もっと早く呼べっつーの」
疲れたー、と軽く伸びをする四季。よくよく四季を見てみると、額にはうっすらと汗が滲んでいるのが見えた。
きっと、騒ぎを聞きつけて急いで来てくれたのだろう。
四季の不器用なほど優しい行動に、紅葉の胸がキュッと締め付けられる。
「あ、そうだこれ」
四季は思い出したかのように、制服のポケットからあるものを取り出した。
紅葉も見覚えのあるそれを見て、目を丸くする。
「え、まさか四季、暁兄ぃにあってたの?」
四季の掌に収まっていたのは、暁が精製する傷薬だった。
見た目は普通の飴玉ではあるが、食べると大抵の怪我は何でも治してしまう優れものだ。
護符から傷薬を精製できる者は、術者の中でもそうはいない。
「お前が怪我したことを隠してなけりゃ、授業抜けずに済んだんだけどな」
四季の言葉がチクチクと刺さるが、その通りなので何も言えない。
グッと言葉を詰まらせる紅葉を見て、四季は軽く笑って、すぐさま「冗談だ」と付け加えた。
「ほら、さっさと食べてその腕治せ」
グイグイと飴玉を押し付けられ、半ば無理やり食べる羽目になる。
これは即効性があるのがいいところではあるが、少々味に癖があるため、紅葉は苦手としているのだ。
案の定、薬草のような苦味が口いっぱいに充満し、紅葉は露骨に顔を歪めた。
「うぇぇ……、にが……」
「良薬は口に苦しって言うだろ」
四季はそう言うと、今度は紅葉の方をじっと見つめた。
真剣なその瞳は何を考えているのか読めなかったが、時折口元に手を当てがい、思案するような仕草をする。
四季は、言いにくいことを言おうとする時、必ずこういった行動を取る。本人は無自覚なのだろうが、考え込む時に口元に手を添えるのは、四季の昔からの癖だった。
「なに? どうしたの?」
視界の端に滲む涙を拭いながら、紅葉は四季に軽い調子で聞いてみる。
だが、四季はしばらく紅葉の方を見たあと、首を横に振った。
「何でもない」
「いや、何かあるでしょ。変な間があった」
こういう時、シラを切り通すか、素直に打ち明けてくれるか、どちらも2分の1の確率だ。
その半分の確率に賭けて、紅葉は食い下がる。
「……今はまだいい。どうせすぐに分かるし」
この話はもうこれで終わり、とでも言うように四季は立ち上がった。そして、紅葉の腕の状態を確認しようと、紅葉の制服の袖を捲り上げようとする。
「わ、じ、自分でできるよ」
急な四季の行動に、紅葉は逃れるように腕を引こうとするが、紅葉よりもゴツゴツとした四季の腕がそれを許さない。
「お前はいつも誤魔化そうとするからな」
テキパキとボタンを外し、10秒もしない間にあっさりと包帯を巻き取られてしまった。
外気にさらされた腕はひんやりと冷たくなっていくが、四季の手にすっぽりと包み込まれ、触れた手のひらから伝わる温度によってあたためられる。
「ん、大丈夫そうだな」
「うん……。ありがとう」
素直にお礼を言う紅葉の頭を軽く撫で、四季はおもむろに椅子と椅子をくっつけ始めた。
そして、何をしているんだろうとことの成り行きを見守っている紅葉に向かって、聞き捨てならない言葉を投げる。
「じゃ、俺ここで寝るから。お前はちゃんと授業受けろよ」
そう言って、四季は椅子の上に寝っ転がり、すやすやと寝息を立て始めてしまった。
だがしかし、悲しいかな、四季には学生として大事な本分があるのだ。紅葉が苦労して毎朝四季を学校へと連れてきている意味が、全くなされていない。
「アンタは…ッ! 単位が足りないでしょうが!!」
紅葉の怒号が響き渡り、すぐそばで歌を歌うように囀っていた小鳥たちが、激しい羽音を立ててパタパタと飛び立った——。
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